シュタイナー学校の行事

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BGMの無い運動会

運動会の定番BGMの一つに、アラム・ハチャトゥリアンの「剣の舞」がある。
子供時代、運動会が嫌いだったというか、むしろ憎んでいた私は、まさに坊主憎けりゃ袈裟まで憎しで、この曲が嫌いであった。
大人になって、改めて組曲・「ガイーヌ」を聴いて、やっと「剣の舞」の良さに気付いたが、それまでこの曲を聴く度に、子供時代の運動会の、憂鬱な気分が蘇っていたものだ。

最近では流行の曲やアニメソングをBGMにしている学校も多いようだが、「子供を楽しませる工夫」と受け取れば結構なことだろう。が、行き過ぎると、学校が子供達に迎合し、おもねっている様な印象を受ける時もある。
個人的な好みの問題ではあるが、私としては、そうした流行歌、アニソンが流れる運動会など、どうにもやりきれない。

そもそも、運動会にBGMは必要なのか?ダンスやら音楽に合わせた競技ならともかく、何故「剣の舞」や「トランペット吹きの休日」にせかされて徒競走を走らねばならぬのか。トランペット吹きも、休日ぐらい大人しく休んでろっての。

以前の記事・「少し変わった運動会」で紹介した、娘・ぴーぽこ(仮名)が通うシュタイナー学校の運動会では、BGMは一切無い。
無くても、相当に盛り上がるのだ。

また、競技によってはBGMがむしろ邪魔になるものもある。
例えば、二年生のぴーぽこが出場した、一・二年生の「障害物レース」。まだメルヘンの力が作用しているこの年代の子供達には、競技のやり方を「ルール」という形では説明しない。障害物を橋やトンネル、大蛇などに見立てて進み、最後に「勇者の剣」を手にしてゴールという、「競技」というよりむしろ「冒険」なのだ。

「タイヤをくぐって進むのがルールです」、これでは味気ない。
「トンネルを通って・・・」と云えば、子供達には、何の変哲も無い古タイヤが、冒険者達の前に立ち塞がり、避けては通れぬ洞窟になる。

さて、この競技、いやさ冒険で、最初に訪れる難関が、竜が潜む谷である。竜が起きて鳴いている間は通れず、眠っている間に通過せねばならないのだ。

まぁ、云ってしまえ途中で先生が銅鑼を「ボワ~~~~~ン・・・」と鳴らす。これが、竜の咆哮。これが鳴っている間は動きを止める、というのだ。

これは、結構難しいのではないか。「だるまさんがころんだ」等のように、音が鳴っている間に動き、音が止まると動きも止める、というのは簡単だが、逆は難しい。尤も「難しい」事をやるから「障害物」なのだが。

そして、御存知の様に、銅鑼の音は、

「ボワ~~~~~~~~~~~~ン・・・」

と、フェイド・アウトしてゆく。子供達は動きを止め、耳に全神経を集中させ、音が鳴り止むのに耳をそばだたせるのだ。
こんな時にBGMで、古くて音の割れたラジカセから大音量で「道化師のギャロップ」などが流れてもみよ。邪魔で仕方が無い。道化師も竜に食われるかどうかの瀬戸際でまで、おどけてギャロップなぞしている場合ではない。

他の競技中も、運動会にありがちなBGMは一切無いが、競技を見守る生徒や先生、親達の声援で、終始盛り上がっていた。

実は、この学校の運動会にBGMが無い事は、編入してこられた親の指摘で、はじめて気が付いた。
「あ、そういえば、普通運動会ってBGMかかってるよねぇ・・・」
といった具合に。
シュタイナー学校だからそれは当然、という思いもあったが、それにしても去年、今年と参加して、あまりその事に意識が向かなかったのは、BGMの無い運動会が、私にとってあまりにも自然で、違和感無く感じたからだろう。

剣が舞ったりトランペット吹きが休日を謳歌したり、道化師がギャロップするような、賑やかな運動会も良い。私には若干のトラウマはあるが、いかにも運動会、といった原風景を感じさせてくれるものである。
一方、この学校の様に、皆の歓声がBGM、という運動会も、決して悪くはないものだ。

とはいえ、終始無音ではない。開・閉会式の時の歌は、音楽講師のアコーディオン生演奏であったり、「七頭舞」はいつも通り、お囃子担当の生徒達による太鼓や笛の生演奏なのだ。
また、一~三年生の「アイヌの踊り」。親、教師、他学年の子供達の手拍子と唱和に包まれて、低学年の子供達は生き生きと踊っている。
こうした時、子供達は「周囲に守られている」と、無意識に実感するのではないだろうか。

さて、以前競技については「至って普通」と書いたが、学年競技にはこの学校らしい工夫も施されている。例えば低学年は、上記の通り、普通の障害物レースにメルヘンの要素を取り入れているように、他学年にもそれぞれの意味合いがある。
が、ここでは出し惜しみしておく。いずれ娘・ぴーぽこがその学年に至ったら、改めて紹介したい。(それまでこのブログを続けていれば、だが)

折角なので、書きそびれていた去年の運動会の情景を紹介したい。

生徒、教師、親、全員参加のプログラムが、パン食い競争である。
親は交代で競技に参加したり、パンを吊るした棒を支えたりする。
このパン支え係は面白いもので、大の大人が真剣に、あたかも池の鯉のように口をパクパクさせてパンに食らい付こうとする様を、間近に観察出来る。

やがて、「よ~い、ドン!」の合図と共に、パンを支える私の前に高等部担当教師のアンガール先生(仮名)が駆け寄り、パンと格闘を始めた。

袋入りのパン、普通は唇か歯で食い付く。
が、アンガール先生は舌を伸ばし、絡め取ろうとしている。

アンガール先生は、スラリとした長身。

その姿は、あたかもアカシアの木の葉を舌で巻き取って食べるキリンの様であったと云う。

と云うか、カメレオンじゃないので、舌で取るのは無理




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少し変わった運動会

運動全般苦手だった私は、子供の頃「運動会」を呪っていた。もう、台風でも来て学校ごと吹き飛ばしてくれればいいのに、とまで思っていた。怨嗟と云ってもいい。

が、二年生の娘・ぴーぽこ(仮名)は、足が早くもないのに、運動会を楽しみにしている。
それは、ぴーぽこが通うシュタイナー学校の運動会が、私の子供時代のそれと少し様相が違っているからだろう。

数年前まで、運動会は学校近くの原っぱで行われていたそうだ。宮澤賢治の理念にも基くこの学校、土砂降りの中、普通に運動会を行っていたと、今でも語り草になっている。まさに「雨ニモ負ケズ」である。
が、原っぱが駐車場になったり、生徒数自体増えたりで、今では近所の市営グラウンドを借り切って行うようになった。そうなると、雨の日はグラウンドを貸して貰えない。
その為か、残暑の中無事運動会が行えた昨年、開会式での学校代表・T.T.T.先生(仮名)の挨拶、

「晴れたねぇ!良かったねぇ!!
・・・終わり」


って、早ッ!!貧血で倒れる隙も与えない。

さて、今年は涼しい薄曇、前日の雨でグラウンドも適度に湿り、まさに運動会日和であった。
開会式後、全学年一斉に行われる「手つなぎ鬼」でプログラムが開始される。
一年生から十二年生(つまり高三)まで、百人あまりの生徒達が入り乱れての鬼ごっこは、まさに圧巻。

その後のプログラムは至って普通、学年ごとの徒競走や学年種目、大玉ころがしやリレーなど、紅白二チームに分かれて行われる。(競技や子供達の様子の詳細については改めて記事にしたい)

「点数や順序で子供達を評価しない」というのがシュタイナー学校の原則だが、かといって徒競争で「皆が手を繋いで、一斉にゴール」という馬鹿げた事はしない。

ではどうするのか。

普通にやるのである。皆、全力で走る。順位は勿論付くが、ただそれだけの事で、賞も何も無い。
因みにぴーぽこ、徒競走はビリであった。が、それはただそれだけの事である。

と云うのは、これが普通の運動会との一寸した違いで、紅白二チーム対抗戦ではあるものの、点数は付かないのだ。

例えば「大玉ころがしは、紅組の勝ち!紅組20点!」等と点数が加算され、最終的に「紅組、合計350点!白組、280点!よって今年は、紅組の勝ち!!」となるのが普通である。
が、この学校の運動会では、それが無い。紅白どちらが勝ったか、といった勝敗は、各競技その時だけのものなのだ。

思えば私が子供時代、足が遅かった私は徒競走等では決まって「ビリから二番」であった。足が遅い子はからかわれるし、それによってチームの足を引っ張った日には、足の速い連中からなじられもした。それは、運動会を呪う気にもなろうというものだ。

が、この学校ではそうした事は無い。賞や点数など無くても皆頑張るし、遅い子や失敗した子をなじったりもしない。

よく誤解されるが、シュタイナー教育は「競争をさせない」のではない。勿論競争を奨励もしないが、子供達は自主的に競争するし、それを禁止する訳でもない。
子供達が自ら競争するのは自然なことで、大事なのは大人が競争させる訳でも、その結果を点数などで評価する訳でもない、という事だ。
大人は「運動会」という場を提供するだけで、子供達はその中で切磋琢磨し合う。これは、「競争」のごく真っ当なあり方ではないだろうか。

ぴーぽこが、例え徒競走の練習でビリであろうと、それでも運動会を楽しみにするのは、こうしたやり方が子供達の心に無用な劣等感を植え付けないからであろう。
少しの違いが、子供達に大きな違いとなって現れる事は、多々あるのだ。

親達も、我が子の学年や紅白どちらのチームかに関わらず、競技中の子供達に声援を送る。自分の子供の競技だけ見る、という親は稀で、多くの親は他学年の子供達にも声援を送るのだ。

よく運動会の朝、「親の席取り合戦」が行われる、という話を聞くが、この学校ではそうした事は起こり得ない。運動会終了後、学年毎に親子・先生一緒にお弁当を食べるから席を確保する必要も無いし、それぞれが譲り合って観戦するので、場所の独占も起きない。

「一、二年生の競技が始まるよ~!一、二年生の親はこっちにおいで、見やすいよ~!」

といった具合に、流動的に譲り合うのだ。

そうして声援していた我々に、親理事・おごじょさん(仮名)が、
「あなた達、リレーに出ない?」
と声を掛けてきた。

聞けば、急遽決まった特別プログラムで、親チーム対教師チームの対抗リレーを行う、というのだ。我々親は無論、教師達も初耳だったらしい。こうした場当たり的な事も、この学校ならではである。

子供達の姿に触発された私は、二つ返事で出る事に。
男女に分かれてトラック半周するのだが、普通に母の列に並んでいた私に、おごじょさんが一喝、

「あんたはあっち(父の列)でしょ!!」

そういやそうだ。
そんな次第で、私は四番目に走る事に。私に鉢巻を貸してくれた高等部の女子生徒が「がんばって下さい」と云ってくれたのが妙に嬉しく、本当に頑張って全力疾走、前の走者のリードを保って次の走者にバトンを渡した。

結局勝負は教師チームの逆転勝利であったが、運動会で走って、初めて心から「楽しい!」と思えた。

終了後、多くの人達に「足速いね~!」と云われたが、冒頭書いたように昔は遅かった。いつの間にか少しは速くなったものか。
ぴーぽこも「速かった」と云ってくれたが、「でも、お父さんも子供の頃はず~っとビリの方だったんだよ」と教えると、少し驚いた表情を見せた。
足が遅いぴーぽこにとって、少しは希望の光になれば、と思う。

私の走りは余程印象的だったのか、妻・みぽちも
「色んな人に『旦那さん、意外と足速いですね』って云われたよ」
と報告。更にこう続けた。

「でも、皆必ず『意外と』って付けるんだよねぇ(薄笑い)

つまり、何か。私が漫画家だから、スポーツとは無縁と思われているのか。単純に「速い」のではなく、

「普段動かない漫画家にしては速い」

という事だった模様。

「このカタツムリは、軟体動物にしては早い方だねぇ」

そんなんか・・・。



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学童祭り(2)・~夕涼み会の南国娘~

前回の記事の続き。

外部参加の子供達(主に幼児)によるスイカ割りとお神輿担ぎが、最後のイベント。決して広くはない校庭だが、小さい子供達が神輿を担いで練り歩くには十分。
この可愛いお神輿で、学童祭りの幕引きとなる。

外部参加の方々が帰ってから、内部の親子による学童祭りの第二部・夕涼み会が始まるのだ。

まず、各自お祭りのチケットを確認し、やり残した遊びや食べ損ねたものがある子が食べたり遊んだりする時間。
そして、後片付け。子供達で準備したお祭り、当然後片付けまで自分達の手で行う。我々親も、お手伝い。

片付けが済んでからが夕涼み本番である。

まずはスイカ割り。子供達皆が出来るように、何個ものスイカが用意されている。

私はこの後の神輿担ぎやフォークダンスに備え、例によって妖精スプリンクラーと化し、くるくると校庭に水を撒いていたので、スイカ割りの様子は余り見られなかった。
二年生の娘・ぴーぽこ(仮名)は、早くに順番が回って来た様で、その勇姿すらも見損ねてしまった。

前半は子供達がお祭りを取り仕切っていたが、後半は子供達が十分楽しめるように、親の出番も増える。
子供達が割ったスイカを、傍らで切ったり、お盆に並べたりする母達。

低学年から順番にやるので、後になるに従って、スイカの割れ具合も激しくなる。
竹の棒を使っているとはいえ、流石に五、六年生辺りになると、力が違う。

運ばれてくるスイカは、もはや「スイカ割り」ではない。「スイカの惨殺死体」である。
スイカの背後から、鈍器で撲殺。そんな塩梅。

そんなスイカの死骸を喰らいつつ、次なるはお神輿担ぎ。
この時我々は、決定的なミスを犯す事になる。

と云うのも、次に行われるフォークダンス。
昨年は、上級生母・ラムさん(仮名)のアコーディオン生演奏で、マイムマイムを踊った。今年は私も、ウクレレで参加する事に。
曲目も増え、今年は「立川音頭」という、立川市民にのみお馴染みの音頭もやるそうだ。
生憎小金井市民の私、立川音頭は知らないので、こちらはボンゴを叩いてリズムを取る事に。

更に、五、六年生の有志の女子四~五人が、リコーダーやヴァイオリンで一緒に演奏する事になった。
ここに、今年はピアニカのラムさんとウクレレ/ボンゴの私に、リコーダー、ヴァイオリンの女子達という、異色の親・子共ユニットが結成された。

だが、揃って練習する時間など無く、ぶっつけ本番である。
せめてテンポの確認や軽い音合わせをしようと、神輿担ぎの傍らでリハを始めた。

これが、間違いであった。

神輿そっちのけで我々の前を囲む子供達。ホーミーで呼び寄せられた家畜か、という勢いで、群がる、群がる。お神輿を担いだ子供達が、この人垣の背後を粛々と通る。
子供達、こっち見てなくていいから、お神輿を見なさい!

つか、オマエらも神輿を担げ!!

・・・次回もこうした機会があるなら、リハは陰でひそやかにやるべし。

そうして、夕涼み会のクライマックス、皆で輪になってのフォークダンスである。

シュタイナー教育では、親、大人が楽しんでいる姿を子供に見せる事を重視している。
これは単純に享楽的、という意味に止まらず、困難に直面しても、それを乗り越えることを楽しむ、人生そのものを大人が肯定的に捉えている姿、という事だろう。

私の場合は、単純にその場を楽しむ。
折角のお祭り、ハレの日である。ウクレレ演奏するからには、妖精の魔法を使わぬ手はない。
留めていた髪を下ろし、ピンクのハイビスカスのレイを、一本は首にかけ、もう一本は頭に巻いて、

南国娘に大変身よ!

いや、魔法と云うか、軽度のコスプレだが、演奏メンバー・六年生のディアナちゃん(仮名)は私の姿に度肝を抜かれたようで、

「えぇっ!?」

と、目を丸くして絶句。ややあって、
「ちょっと・・・可愛いっぽいんですけど・・・」

可愛いですと!?・・・もっと云って。

だが、一部の大人は容赦無い。
暑いからかタオルを頭に巻く上級生母・アマテラスさん(仮名)。娘のブライトちゃん(仮名・演奏メンバー)は、そのスタイルが著しく気に入らないらしく、
「ママ!それやめて、キモいから!」
するとアマテラスさん、私を指し示し、

「こっちの方がよっぽどキモいでしょ!」

って、私を引き合いに出すな!

上級生母のキッコロさんなどは、私の前を通り抜けざま、

「よく似合ってるわよ、オジサン!」

きぃっ、悔しいったら。日本じゃ珍奇でも南洋じゃ美人なのよ!
・・・いや、洋の東西を問わず、どこに出ても珍奇か。

妻・みぽちに至っては、そんな私を無言のまま、生温かい目で一瞥。
なにもこんな事は、今に始まった訳じゃない。レイは幼稚園のお祭りでの、ウクレレ隊の定番スタイルだったではないか。
尤も私以外のメンバーは、全員ママ達だったが。
それでも当時私は、レイのみならず、ロングスカートをはいて(然も妻・みぽちの)、フラダンスまで披露したではないか。それにくらべれば今回はまだ随分マシである。

だが、妻・みぽちはその後行方をくらまし、フォークダンスが終わるまで、ついに姿を見せなかったという。


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学童祭り(1)・~お祭りは子供達の手作りで~

学童保育の夏休み恒例の、「夏祭り」。
二年生の娘・ぴーぽこ(仮名)が通うシュタイナー学校の、夏期学童の企画であり、外部のお客さんを招いて行われる。

親達による軽食コーナーもあるが、なにしろメインは子供達による様々な出店。
一年生から七年生(今年の参加最上級生は六年生)の生徒達が縦割りで、幾つかのチームに分かれ、それぞれ出店の準備をする。

ぴーぽこは、色水チーム。の水を混ぜたり薄めたりして、スーパーの傘袋の様な、縦長のビニール袋に入れていく。
参考までに、ぴーぽこの作品。

いろみず

各チームはそれぞれA・Bのグループに分かれ、交代で店番をしたり、他の出店で遊んだりする。

軽食以外の出店は、基本的に子供達の手によって作られる。大人はそれを見守り、必要な時のみ、サポートする。

当日、学童の教師サポートに入った私、的当てチームのサポートをすることになった。
事前の打ち合わせで、学童の先生曰く、

「的当ては、男の子チームなんです」

なんですと!?手弱女のような私が、男の子チームをサポートですと!?

が、普段接触の少ない中学部の男子と接する良い機会。

的当てチームのリーダーは、六年生のボンボヤージュくん(仮名)。私の出る幕が殆んど無いぐらいしっかりした子で、きびきびと皆を率い、準備を進める。係の割り振りも、低学年の子ならこの仕事は出来るだろう、等と、しっかり全体を見て行う。見事なまでのリーダーシップである。

特に一、二年生の子供達は働く事が楽しい様子で、小さい身体でちょこちょことボンボヤージュくんの指示に従っている姿がなんとも可愛らしい。
少し上の学年の中には、働く気があるのか無いのか、ダラダラと準備をしている子もおり、内心(大丈夫かいな・・・)と懸念したりもしたが、いざお祭りが始まると、外部参加の幼児を優しく誘導したりして、しっかり働いている。

さて、子供達が頑張って用意した的当てコーナー、流石に「ソツが無い」、とまではいかない。幾分ツッコミ所があるのが御愛嬌と云うか、むしろ子供らしくて良い。

まず、的当ては、9分割して穴をあけた段ボールの的に、ゴムボールを投げ、的(穴)に当てるのだが、各穴には番号がふられており、当てた番号によってそれぞれの景品が貰える。(外れても残念賞が貰える)
その番号が、1~7

的は9分割なのに、番号は7まで、じゃぁ、残り二つは?
残り二つの的には、それぞれこう書かれていた。

「ざんねん」・「ハズレ」

的に当たったのに「ハズレ」って。

尤も「ハズレ、ざんねん」にも景品がある。景品にパジェロもある某・ダーツで、タワシが当たるようなものだ。

この的が、思ったより小さく、なかなか当たらない。たまに当たっても、「ざんねん」や「はずれ」だったりして、残念賞の景品・折鶴や紙ヒコーキだけが次々とはけてゆく。

折り紙インフレーションの発生、である。

一方、上位の景品・割り箸制輪ゴム鉄砲等は、デフレ・スパイラルの嵐。

然もよく見ると、折り紙細工は結構雑な作品が多い。彼等の器用さを思えば、明らかにやっつけ仕事である。
が、割り箸鉄砲はなかなかの出来栄え。恐らくこちらの製作に力を注ぐあまり、大量の残念賞作りが間に合わなかったのだろう。
また、全体的に、折り紙細工は女子の方が丁寧な傾向がある。メンバー総男子の的当てチームの子供達が、どんな調子で大量の折り紙を折ったのか、想像すると微笑ましい。

また、的のボードは二つあり、一つは幼児専用、的のすぐ前から投げられる。
もう一つが小学生以上用なのだが、各学年によって、投げる位置を変える。当然のハンデで、一年生は的の近くから投げられるが、六年生や大人は遠くから、という事になる。

「その印はどうしますか?」

と、子供達に投げ掛ける。靴で地面に印を付けてもすぐにぐちゃぐちゃで分からなくなるだろうし、チョークで線が引けるような土壌でもない。棒切れでは動いてしまうし、投げる時足元が邪魔だ。

子供達がどう創意工夫するか見ていると、ジョウロの水で、ラインを引く。

乾くだろ!

が、子供達は乾きかけるとまた水で線を引き直す。こうした労力を惜しまない。

他にも幾つか、(こうすればもう少しスムーズになるのでは?)と思える点もあったが、敢えて多くは語らない。子供達はそれらを自らの体験によって、次回へとつなげてゆくだろう。
シュタイナー教育では、例えば算数の公式を、機械的には教えない。自分達で、それを発見する喜びを大切にするのだ。
彼等の出店には大きな失敗こそ無かったが、「失敗する」という体験をも、シュタイナー教育は重視する。

ともかくも、子供達はそれぞれ連携して、自主的に出店をきりもりした。
低学年の子達は、頼もしい上級生の姿に憧れ、自らもきっとその様に育ってゆくだろう。

後半になると客足も落ち着いたので、私も現場を離れ、軽食を頂いたり、他の出店を回ってみたりした。くじびきやヨーヨーすくいを楽しみ、いよいよお菓子すくい。
お菓子すくいはまずサイコロを振り、出た目によって小さいおたまか大きいおたまを渡される。それで、ザルにつまれたお菓子をすくうのだ。

お祭りも終盤近くとあって、お菓子の残りも少ない。ここは大きいおたまをゲットし、残りのお菓子を根こそぎさらってやろうと、大人げ無く目論む私、36歳。

(6よ、出ろ!)

と念じてサイコロを振ると、見事、出た目の数は、、これぞ妖精の底力。

ところが、「どうぞ」と子供に手渡されたおたまは、小さい方。え!?「6」なのに?

聞けば、奇数が大・偶数が小だって。数の大きさで決まる訳じゃないのね・・・。

どちらかというと物欲は薄く、食への執着も少ないと思っていた私だが、意外なところで自分・再発見。

・・・私はどうやら、大きなつづらを選ぶタイプだ。


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田んぼは避暑地じゃございません

6月に入ったある日、二年生の子供達の中から、誰歌うともなく田植え歌が歌われだした。それに唱和する子供達。そして担任のウール先生(仮名)に、
「今年の田植えはまだですか~?」
と質問してきたそうだ。
それまでクラスで田植えの話が出た訳ではないのに。
子供達の中に、一年のリズムが刻み込まれているのだな、と、ウール先生は驚いたそうだ。

子供達が学校の田植え祭に参加したのが一年前、一年生の頃の事である。
我々親も、希望者は子供達の引率も兼ねて、参加可能。
が、「当日は汚れてもいい服装で」とのお達し。

同級生母のトッケイさん(仮名)と私は、頭を抱えた。

ト・「ねぇ、どんな服で行く?」
私・「汚れてもいいような服って・・・そんな野暮ったい格好で・・・」
ト・私・「電車に乗りたくないよねぇ~!」

いっそかすりの着物に緋色のたすき、すげ笠を被った早乙女スタイルで電車に乗る方がずっといい。

さて、「シュタイナー」という鐘を、「農業」という撞木で撞くと、

「バイオダイナミック農法~~~・・・」

と響く。具体的な方法については敢えて割愛するが、太陽や月の運行によって種蒔きや収穫等の日程が決められていて風水的でもあり、また土に散布する調合剤の作り方が魔術的で、興味深い。
無論、これらはシュタイナーの鋭い化学的洞察によって考案されたのだが、鋭すぎて「化学」の概念を突き破り、魔法のように見えるから面白い。「こんなのは擬似化学だ!」と断じられても仕方がない。

が、実際にバイオダイナミック農法で作られた作物を食べた方の感想は、やはり一般の野菜よりも断然美味しい、との事。

また、作物の生命力を引き出す為、悪天候が続いて周囲の作物が全部駄目になった時も、バイオダイナミックの作物だけは無傷だった、という話も聞く。

そして、農薬を一切使用しないにも関わらず、虫が付かないそうだ。
戦地の負傷兵の傷口に蛆虫が湧いた、という話を聞くが、蛆虫は化膿、壊死した部分だけを食べ、健康な細胞は食べない。
同様に、虫が食べるのは植物の弱っている所であり、健康な植物は虫に食害されない、という。

ヨーロッパでは、ドイツやイタリアを中心に数多くのバイオダイナミック農場があり、オーガニック農法として定着している。

と、ここまで述べておいて何だが、我が学校で取り入れているのはバイオダイナミック農法ではなく、「自然農」である。

これは文字通り自然に作物を育てるやり方で、肥料や農薬を使わないどころか、雑草の除去すらしない。雑草と共に、育てる。
バイオダイナミック農法と共通しているのは、化学的な肥料や農薬を一切用いず、作物の生命力を遺憾なく引き出す、という点であり、これは今後の農業で最も注目すべき最重要事項であろう。

我が学校では、青梅に田畑を借り、この自然農を実践している。
昨年、我が娘・ぴーぽこ(仮名)ら、当時一年生だった皆も田植えの日にこの地へ赴き、田植え祭や田植えを見学した。

山の麓の自然農の田んぼは、水田ではなく、湿田。
上級生の生徒や教師、親達が、畦に立って田植え歌を歌う。
早乙女に扮した七年生の女子が、田植え踊りを踊る。
それを興味深く見詰める、ぴーぽこら一年生。

祭は田植え歌だけではなく、宮澤賢治の「青い槍の葉」も歌う。

「♪ゆれる~ ゆれる~ やなぎはゆれる~」

という歌詞に合わせて、しなやかに踊る子供達。
中でも学校代表者にして七年生(当時)担任のT.T.T.先生(仮名)は、どの生徒にも負けず、楽しそうな表情で踊っている。その腰つきは、まさに揺れる柳の様なしなやかさである。

参加した親達は作業着としてラフな服装。特に自然農班の母達の中には、麦藁帽子で首にタオルをかけ、鎌を片手にゴム長靴という、板に付いた野良着の方々も。

私も、断腸の思いで、「汚れてもいい」部屋着用のTシャツにジーンズという、その辺にタバコを買いに行く時のスタイルで、電車に乗ってやって来た。
長靴が、ピンクのレディース長靴なのが、「乙女」としてのせめてもの抵抗である。(期せずして、この長靴はウール先生とおそろいであった)
いや、普段の私も「Tシャツにジーンズ」には違いないが、私の中では「よそ行き用」と「部屋着用」に分かれているのだ。

そんな中、明らかに場違いな者が、約一名。

件のトッケイさんである。

いつもの様に、綺麗にお化粧。「汚れるのはどうせ下だけだから」と、上は小洒落たノースリーブに、下はテニスの時に穿いているというスポーティーなパンツ。
あまつさえ、ただ一人日傘まで差して、畦道に立っている。

私が部屋着で来たのに、彼女はこのスタイルである。きぃっ、悔しいったら。だが、トッケイさんよ、

ここは青梅の田んぼであって、

軽井沢のテニスコートではない。


自然農班のシェーさん(仮名)、後にトッケイさんに語る。

「あそこまで場違いだと、却って清々しいよね!今後もあのスタンスを貫いてね!!」

田植えは、湿田に鎌で穴を掘り、稲を植える。

彼女はミミズに怯えつつ、そのスタイルで田植えを敢行した。
挙句、帰路の途中でロングスカートに履きかえる、という離れ業までしてのけた。

二年生になったぴーぽこらは、今年も田んぼに行った。見学だけだった去年と違い、今年は一人一本ずつ稲を植えて来たそうだ。

今年は都合により、私もトッケイさんも田植えには参加しなかったが、彼女が避暑地にでも行くようなスタイルで田んぼに行った事は、未だに語り草になっている。

毎年この季節になる度に、私は云い続けようと思う。恐らく来年か再来年あたりには、
「またその話?・・・いい加減、ウザいんですけど・・・」
ぐらいの事は云われるだろうが、それでも私は云い続ける、子供達が6月になると田植え歌を歌いだす様に。
それが、私のリズム。


現在発売中の「コミック乱twins増刊・戦国武将列伝」(リイド社・刊)に、拙著読切「播磨軍記~羽柴秀長と淡河定範~」掲載。御興味のある方は御一読下さいませ。

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