シュタイナーと妖精、天使

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こびと are From・・・

前回の記事以降、歯を銭に変えて貰おうという守銭奴丸出しの野望を断念したぴーぽこ。再び天然石で満足するようになった。

以後、抜けた歯を、こびとさんへのプレゼント用のアーモンド数粒と一緒に包み、手紙を添えて枕元に置くのがぴーぽこにとっての定番スタイルとなったのだが、その手紙の内容に変化が起きた。

これまでは、こびとさんに対して「だいすきだよ」や「ありがとう」といった内容に終始していた。が、今回の手紙はこうだ。

「こびとさんはどこからきてるんですか!
わたしはふしぎです。」


(ぴーぽこの手紙より、無許可で抜粋)

「!」マークときた。ここは「?」だろ、とも思うが、まぁ、それは置いといて。

この一文から、ぴーぽこが世界に対して独立しつつある、という事が読み取れる。
シュタイナー教育では、七歳までの子供は世界と一体である、とされる。
お母さんやお父さん、猫や蝶、コスモスもローズクォーツも、雲や星々さえも、それらは子供にとって「別の存在」なのではない。

それが、七歳以降、ゆっくりと「世界」と「自分」が離れてゆき、およそ九歳前後で「自分」と「外界」との区別が明瞭になる。これが、シュタイナー教育で云うところの「ルビコン世代」であり、創世記でアダムとエヴァが楽園を離れ、神々から独立した存在になった事件とも関連する年代でもあるのだ。
これまで生きていたファンタジーの世界から離れ、サンタさんや妖精、天使などを、「ほんとにいるのかな?」と疑い出したり、「そんなものいないよ!」と否定し出すのが、概ねこの年頃である。

ぴーぽこにとって、これまで「こびとさん」とは深く繋がっていた。だから「だいすき」なのだ。
流石にぴーぽこは、まだこうした存在に疑いは抱いていないものの、これまで密接だったこびとさんとの間に距離が生じた。つまり、「自分とこびとは別の存在」という意識が、これまでよりも明瞭化したから、「どこから来るんだろう?」という問いが湧いたのではないか。

また、「ふしぎ」という抽象的な言葉が身に付いているのも興味深い。勿論これまでも「ふしぎ」という単語は知っていたし、会話の中で使ってもいた。
期せずして、前の月、夜のお祈りの後で金子みすゞの「ふしぎ」という詩を暗誦していたぴーぽこ。
恐らく、本当に心の底から「不思議!」という感情が湧き上がった、初めての体験かもしれない。それが文面から伝わって来る様であった。

さて、手紙の返事を書かねばならない。これは私が書くというより、あくまでこびとさんの「代筆」である。

こびとさん達は、何処から来るのか。
森の洞穴だろうか。庭やベランダの植木鉢の陰だろうか。それとも居間に飾っている水晶の中だろうか。
大人がファンタジーの力を動員して、あれこれ想像を巡らすのは、子供にとっても良い作用を生むだろう。

この、「何処から来るか」という問いについて、シュタイナーは講演の中で興味深い事を語っているので、一部抜粋したい。
尚、文中に耳慣れぬ用語が出てくるが、平たく云えば「四大存在」とは「妖精(元素霊)」、「高次のヒエラルキア存在」とは「天使」を指す。

「四大存在や高次のヒエラルキア存在はどこにいるのでしょうか。それらの存在は、ここにいるのです。このいたるところにいるのです。テーブルや椅子のあるところ、皆さん自身のいらっしゃるところ、そのいたるところにいるのです。しかし外界の事物や経過にくらべると、それらの存在は希薄で不確かですので、人間の注意の眼を逃れているのです」
 R.シュタイナー 『内面への旅』 (訳:高橋巌、筑摩書房刊)より

これを踏まえて、「私達小人はぴーぽこちゃんの近くにいつもいて、見守っている」という内容のお返事を、代筆した。

翌朝、抜けた乳歯が変容した天然石と、こびとさんからの返事を見て、嬉しそうなぴーぽこ。それでも少しずつ「こびとさんの世界」から「現実世界~感覚世界~」へと降りてきつつある。

ところでぴーぽこからの手紙、最後に、いかにもヴァルドルフの子供らしい絵で、綺麗な色彩のこびとさん達が、色鉛筆で可愛く描かれていた。
曰く、

「(こびとさん達の)えをかいてあ・げ・る・

(ぴーぽこの手紙より、無許可で抜粋)

何だ、「あ・げ・る・」って。こんな表記法、何処で覚えた?

・・・オマエは 小・悪・魔・か?




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レプラホーンの贈り物

学校で、時折低学年の母から、

「あき乙女さん、石を売って」

と頼まれることがある。学校の運営資金調達の為に、親達は軽食販売やリサイクル販売等、様々に工夫を凝らしているのだが、そうした活動の一つに、水晶等の天然石を内外に販売する「石班」というグループがあり、私はその一員なのである。
「石班」などといった珍妙な係が存在する学校というのも、そうざらには無いであろう。

さて、冒頭の様に、低学年の子供を持つ母親が、急遽天然石が必要になるというのは、どういった場面であろうか。
それは、突如子供の乳歯が抜けた時である。

過去記事(こびとさんからの手紙)に紹介したが、子供の抜けた乳歯が、こびとさんの魔法によって、翌朝綺麗な石になっている、そんなメルヘン溢れる贈り物をする為だ。

この夏休みの間に、私の娘・ぴーぽこ(仮名)も、前触れも無く突然乳歯が一本抜けた。
が、そこは抜かりが無い。こんな事態に備え、私は常から数個の天然石のタンブルをこっそりストックしてあるのだ。
更に私の用意周到なところと云うか、小賢しいところは、ぴーぽこに

「外国では、歯は石になるだけじゃなくて、コインになることもあるらしいよ」

と語って聞かせている事だ。こう教えておけば、仮に石のストックを切らす様なことがあったとしても、以前海外旅行の際、記念に取っておいたセント硬貨を使えば良い。

が、私のこうした小賢しさが子に報いたか、ぴーぽこはこんな事を云い出した。

「う~ん、石もいいけど…今度はお金になってて欲しいなぁ…。それも、外国のじゃなくて、日本の

流石、ルビコン世代である。もうメルヘンに浸っていた幼児ではない、願いが現実味を帯びてきている。コイツ、大人になって俄に大金など手に入れようものなら、総金歯にでもするんじゃなかろか。

抜けた乳歯を後生大事にティッシュでくるみ、それがゼニになることを夢見て枕元に置くぴーぽこ。そんな銭の亡者の姿を見つつ、私の中の妖精的要素が一計を案じた。

さて、ここで「こびとさん」について考察したい。
東洋でも「地水火風」と云うが、西洋でもこの世を構成している要素を「土、水、風(空気)、火(熱)」の四大元素として分類していた。人智学で「土」と云うとき、それは単なる土くれだけを指すのではなく、「固体」全体を意味する。
土の要素は形成、凝固、硬化等の性質を持っており、人体でも歯はとりわけ土の要素が強いと云える。

この「土」の要素を持つ元素存在を、シュタイナーはパラケルススの分類を踏襲して、「グノーム」と呼ぶ。(『固体』を全て『土』と呼ぶ様に、土的要素を持つ妖精たちを総称して『グノーム』と呼んでいると思われる)
シュタイナーは「小人のように、注意しろ」というドイツの古い諺を引用し、この「小人」とは「グノーム」に他ならない、と述べている。昔話や伝説に登場する小人は、概ねグノームの性質を表現しているのではないだろうか。

「小人」と云えば働き者で、物作りが得意な者が多い。夜中に職人の仕事を手伝う小人の話は有名である。また、北欧神話の女神・フレイヤが身に付けているブリシンガメンという美しい首飾りも、四人の小人によって製作されたものだ。
こうした話は、小人が土の特質である「形成」や「硬化」の特質を有していることを表しているのではないか。

また、レプラホーンという種類の小人などは靴職人で、金持ちだと云われる。エーテル存在の妖精がお金など持っていても仕方がなかろう。尤もレプラホーンは、使う為にお金を集めるというより、お金そのものを収集し、貯めておくことに関心があるようだ。コレクターかっての。そもそも何故妖精なのに「お金」に執着するのか。「硬化」だけに「硬貨」って、駄洒落か?
まぁ、お金というものは、「価値」とかそういった概念を固体化したものとも云えるから、人間界のお金の発生時に、レプラホーンが関与していたのかも知れない。

ともかく、小人は物を「形成」するのが得意な者が多い。白雪姫の周りでご陽気に「ハイホーハイホー」歌っているだけの存在ではないのである。

これら元素存在たちが、動・植物や人間にどのように関与しているとシュタイナーは述べているか。それについてはまた改めて紹介するとして。

こびとさんが土の元素霊・グノームに属する者だとするなら、ぴーぽこの「日本のお金になって欲しい」という願いを叶えるお膳立ては既に整っているというわけだ。
形成、硬化を得意とするグノームにとって、乳歯を天然石やコインに変えるなど朝飯前、とりわけレプラホーンに至っては、しこたま金貨を貯め込んでいるときた。彼に頼めば銭コレクションの中から一枚ぐらい分けてくれるかもしれない。

ただ、グノームに限らず多くの妖精に共通する特徴、それは悪戯好きだということだ。

翌朝、枕元のティッシュの中身が、コイン状に変化している事に気付いたぴーぽこ、嬉々としてテッシュを広げる。中から出てきたものは…。


     寛永通宝

である。間違いなく、「日本のお金」だ。
ただし、昔の

実は私が大学時代、歴史マニアの後輩から、どこぞかの旅行土産として貰っていた寛永銭を、引き出しの奥に仕舞っていたのだ。

ぴ:「これ…なに?」
私:「お金だねぇ…。日本の!良かったじゃん、こびとさんが『日本のお金』って願いを叶えてくれたよ!」
「これ、使えるのかなぁ?」
「使えないねぇ、昔のお金だから」

こびとさんが願いを聞き届けてくれたことへの喜びと、それが使えないと知った落胆とで、「はぁ~~・・・」と、ぴーぽこは笑いつつ溜め息。

「今度は『使える日本のお金』ってお願いしよう」

懲りないな、オマエも!

そんなぴーぽこに、こう云っておいた。
「きっとこびとさんは、折角のぴーぽこへの贈り物を、大事にとっておいてほしかったんじゃないかなぁ。お金は使えば無くなっちゃうし」
ぴーぽこは納得した様子で、寛永通宝を、これまで歯から変化した天然石と一緒に並べる。

ぴーぽこよ、その寛永銭は大事にとっておくがよい、レプラホーンの様に。

寛永銭では何も買えーせん。

・・・え!?駄洒落オチ!?


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働く妖精

誰しも、幼い頃、親や先生等に、妖精が登場するメルヘンを読み聞かせて貰った経験があるのではないだろうか。
また、親になって、幼い我が子にそうしたメルヘンを読み聞かせた方々も、少なくはないだろう。

シュタイナー研究家で、多くのシュタイナー著書を翻訳もされている西川隆範氏によると、シュタイナー教育においては、妖精の存在を否定している大人が子供に妖精が登場するメルヘンを語るのは、虚偽的行為になる、という。大人は、妖精の存在を宗教的に妄信するのではなく、精神科学的探求を経て確信する必要があるのだそうだ。

・・・って、どんな探求をせよと!?

などと、常識人ぶったツッコミを入れるのはよそう。なにしろ私、幼少の砌より妖怪やら妖精といった存在に格別の興味を持っていた事は、これまで何度か記事でも書いた通りだ。

そもそも妖精など存在するのか。
北欧では、地域によっては今でも妖精との交流が行われているそうだ。
例えば道路を作る時、「そこに道路を作ってよいかどうか」を、その地域の妖精・自然霊に、霊視能力者を通して伺いを立てる。もし妖精によって拒否されたら、迂回して道路を作るのだそうだ。

こうした風習を一笑をもって付すなかれ。日本においても似たような風習はある。
例えば、地鎮祭。尤も日本では、土地の神・精霊に伺うのではなく、「ここに家を建てますのでひとつ宜しく」って、それじゃ事後報告だって。
ともかくこうした祭事は、かつての自然霊や土地神などとの交流の名残りであろう。

さて、シュタイナーが優れた科学者でもあった事は周知だが、同時に霊視能力者でもあった。彼の眼には、妖精も視えていたそうだ。
が、シュタイナーは非常に慎重であった。

「妖精さんが視えるなどと云っても誰も信じてくれないだろうし、自分の思想全体がキワモノ扱いされてしまう」

と思ったかどうか、彼は永年そうした領域については沈黙を守った。
そうして、こうした存在について観察や科学的考察を重ねた挙句、機が熟した頃を見計らって、講演等の場で発表した様だ。

私など、妖精を視た日には喜び勇んで吹聴することだろう。

さて、古来より、数々の妖精伝説が伝わっている。エルフやニンフあたりは有名で、可愛らしい、又は美しい妖精の代名詞でもある。
中には人間にとって性質の悪い者もおり、例えばロシアのヴォジャノーイなどは妖精というより妖怪、人を川に溺れさせて命を奪うのだから、日本の河童に近い存在と云える。

また、日本の「家鳴り」、「クネユスリ」や「座敷童」、「倉ぼっこ」といった妖怪達と西洋の妖精・ボブゴブリンとの共通性等書き出すと、話がマニアックになって、もはや「シュタイナー」でも「育児生活」でも何でもなくなるので、ここは割愛するが、ともかくこうした視えざる存在達は、洋の東西を問わず、広く親しまれ、時に畏れられている事には疑いはない。

一口に「妖精」と云っても、妖怪的なものまで含めるとその種類はあまたあるが、シュタイナーが言明しているのは、所謂「四大元素霊」と呼ばれる存在だ。

つまり、

①土の精・グノーム(ノーム) ②水の精・ウンディーネ 

③風(空気)の精・シルフ ④火(熱)の精・サラマンダー


である。
四大元素霊について言及したのは、16世紀、ヨーロッパの科学者・錬金術師のパラケルススである。
この世界は四元素~地・水・火・風~によって構成される、という思想で、それぞれに精霊が宿っている、という。

因みに東洋ではこの「四大」に「天空、又は無」を意味する「空」を加えて「五大」、更に「識」(意識)を加えて「六大」によって構成される、との思想もあるが、これなどは非常にシュタイナー・神秘学の匂いがして興味深い。

シュタイナーは、自ら知覚した妖精たちを、便宜上パラケルススが提唱した四大元素霊の名で紹介した。
「便宜上」というのは、彼等がそれぞれ「地・水・風・火」の特性を備えているからであり、シュタイナーが述べる妖精の実像と、一般的な四大元素霊のイメージにはいくらかの相違点があるからだ。それら相違点については、今後述べてゆきたい。

さて、シュタイナーによると、彼ら元素霊は鉱物界、植物界と関わりを持つ。特に植物の生育には、彼らの存在は欠かせず、重要な役割を担っているという。
また、動物界や人間界と関わっている者もいる。
善良な者もいれば、邪悪な妖精もいる。

妖精や妖怪の多くは気儘に暮らしているが、シュタイナーが「妖精」として取り上げているのは、主に前述の、役割を担って「働いている」四大元素霊たちである。彼らは天使の眷属のような存在なのだ。

この四大元素霊と一致はしないが、日本でも似たような存在はいる。妖怪、自然霊と呼ばれる者の中でも、天部の神仏の眷属として働く者たちである。
例えば天狗、龍、狐や蛇といった存在たちで、元素霊同様善良な働き者もいれば、邪悪な低級霊もいる。
役割こそ違え、彼らも元素霊に近い存在ではなかろうか。

今後も折に触れ、彼ら妖精たちについて、更に詳しく考察してゆきたい。

そういえば、以前、ドイツ人シュタイナー教師・小籠包先生(仮名)と会食した折、妖精・グノームについて質問した事があった。
彼は開口一番、

「君はそれを、真面目に聞いているのか、それとも

フザけているのか?」


心外だな!こちとら大真面目だっての。「本気」と書いて、「あき乙女」と読む。
彼にそれを告げると、丁寧に質問に答えてくれた。そして最後にこう付け加えた。

「ヨーロッパでは、シュタイナー教育や育児について質問される事はあっても、妖精について聞かれる事はまず有り得ない。だから始めに、真面目に聞いているのかどうか確認したのだ」

・・・いや、日本でもそんな酔狂な質問をするのは、私以外そう多くはないだろう。


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