2007年11月

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  2. 2007/11/29 宿題サポート馬鹿夫婦
  3. 2007/11/19 初めて遅刻した朝に
  4. 2007/11/16 こんな「父親」は如何?
  5. 2007/11/12 文字の授業はメルヘンで
  6. 2007/11/09 電車の中の怪しい親娘
  7. 2007/11/06 餓鬼道に堕ちし入学式
  8. 2007/11/01 教室作りは親の手で

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宿題サポート馬鹿夫婦

早目に学童のお迎えに行ったところ、六年女子のナッツさん(仮名)が宿題をしているところだった。まるでお手本の様な綺麗な字で、漢字をびっしりと書き込んでいる。
彼女はただ書き取るだけでなく、「なるべく綺麗に書く」という事に、自ら取り組んでいるそうだ。

その傍らで、五年男子のダルタニアン君(仮名)、宿題ノートの前でやにわに靴下を脱ぎ、足の指にクレヨンを挟んだかと思うや、足でフォルメン線描を描き始めた。
きみきみ、宿題が面倒だからって足でやっつける人があるか。そもそも足で描く方がよっぽど面倒臭いだろうに。
いや。実は彼は宿題を馬鹿にしているのではない、これがれっきとした宿題なのだ。

私の一年生の娘・ぴーぽこ(仮名)も、右手・左手・右足・左足それぞれを駆使してフォルメンの宿題に取り組んでいた。
それにどういう意味があるのかはまた別の機会に述べるとして。
テストも成績表も無いシュタイナー学校、だから「宿題も無いんでしょ?」とよく聞かれるが、シュタイナー学校は意外と宿題が多いのだ。

中には変わったものもあって、一年生の夏休みの宿題の一つに、「コマ回し」。別に「回せるようになる」という「結果」が目的ではない。コマ回し自体を楽しんで取り組めばそれでよい。
このように、大人から見て意味があるんだか無いんだか、分かったような分からないような、判じ物の様な宿題が多いのもこの学校の特徴であろう。

さて、以前文字のエポックについて書いたが(※)、習った文字の付いた言葉を探す、というのが、当時の日々の宿題であった。
最初のうちは、「あ」なら「ひる」だの「さがお」だの、苦も無く見付けていたが、徐々に宿題の内容も複雑化していった。

その日帰宅したぴーぽこ、
「今日の宿題はね、『え』が二つ入った言葉を見付けるんだって」
と報告。もっとも相手は一年生、口頭で出された宿題が正しく理解できているとは限らない。
後で聞いた話では、同じ日の宿題で、千早ぶるちゃん(仮名)は「真ん中が『え』の言葉」と云っていたそうだ。どちらの供述が正しかったのかは、今もって謎のままである。
が、上記の通り、結果は二の次、三の次。子供達が取り組む姿勢に意味がある。

それにしても、「え」が二つ入った言葉って、そんなにあるか?ざっと考えてみるが、

「エロイムエッサイム」

やら

「エコエコアザラク」

やら、呪文しか浮かばない。大人ですらこうだ、更に語彙の少ないぴーぽこは、案の定苦戦を強いられている。
こんな時、親は一緒に考え、「答えを与える」のではなく「サポート」するのが望ましい。妻・みぽちと「え」が二つ入った言葉を考えてみる。

私:「エマニエル夫人」 (まにるふじん)

妻・みぽち:「あえぎ声」 (あぎご

私:「SM嬢」(むじょう)

とんだエロ夫婦である。小学一年生の宿題だっての。
他にも「OL援助交際」、「植○容疑者エスカレーター手鏡事件で冤罪を主張」など思い付くが、流石に馬鹿過ぎるので口には出さない。

そもそも私の脳内検索ワードが「エロ~」「H~」「AV~」というのが既に間違っている。妻・みぽちもどうしても発想がそっちに行きがちなようなので、二人して「エロから離れよう」と決議。

「じゃあ、これは?」と、みぽちが何か思い付く。

 「 A 型 肝 炎 」ええがたかんん)

だから小学一年生の宿題だっての!「『え』が二つ」の条件さえ満たせばいいってもんじゃないって。

思い付かなかったら「え」が一つでも入った言葉で良いらしく、結局ぴーぽこが見付けた言葉は、

「エプロン」

至って普通に「え」が入った言葉である。

惜しい。

「エロ奥様は裸エプロン」だったら「え」が二つだったのに。って、何が「惜しい」だ。
結局エロの呪縛から離れられない私。エロイムエッサイム。


※・・・記事「文字の授業はメルヘンで」参照。
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初めて遅刻した朝に

目下の所、娘・ぴーぽこ(仮名)はまだ学校を欠席した事が無い。
環境が変わって間もない初めの頃こそ「幼稚園の方がいい~」などと云ってはいたが、馴れてしまえば毎日が楽しみの連続のようで、学校に行きたくて仕方が無い、といった按配。

羨ましいことこの上ない。私なんぞは学校に行きたくなくて仕方がなかった。
いじめを受けていた時期もあったが、いじめられていようがいまいが、そんな事はお構い無しに、兎に角学校自体に行きたくなかった。
月に一度のペースで入院していた私は、発作が治まり、体力が回復してくると、嬉しいと同時に「もうすぐ退院して、再び学校生活が始まる」という事が、憂鬱で仕方が無かったものだ。

ぴーぽこが通うシュタイナー学校では、「うちの子はどんなに熱があっても学校に行きたがる」、という話をよく耳にする。また、私自身もそうなのだが、「自分がこの学校に通いたかった」と語る母も多い。
世間では「不登校」が深刻化していると聞くが、この学校の子供達は概ね「逆・不登校」である。
…「逆・不登校」って、それは普通に「登校」か。

さて、現在無欠席のぴーぽこだが、一度遅刻した事がある。
その日、ぴーぽこは腹痛を訴え、学校を休ませようかと様子を見ていた。が、ぴーぽこ自身は学校に行きたがり、実際お手洗いに行った後は目に見えて回復したので、休ませない事に決定。
学校に事情を連絡し、三十分程遅れる事を伝える。

この学校では、「遅刻」については非常に気を遣わねばならないのだ。

子供達は登校後、掃除を済ませて暫く遊ぶ。その間に到着すれば問題無いのだが、八時三十分から始まるエポック授業が開始されていると、おいそれと入って行く訳にはいかない。

エポック授業は、子供達が輪になって身体を動かす所から始まる。
動きながらメルヘンの詩を朗読したり、お手玉を使ったリズム遊び等をするのだ。
クラス会の時に、我々父兄も実際にそれらをやってみたのだが、最後にお手玉を頭の上に載せ、一人ずつ前に進んで、お辞儀をする様にして手を使わずに頭上のお手玉を真ん中の籠に戻す、これなど楽しいながら、なかなかの集中力を要する。

何故授業の前にこんな事をするのかというと、子供達を勉強しやすい身体に持ってゆく為だ。
子供によっては、学校に来る前に親に叱られたショックが尾を引いているかも知れない。
また、前の夜、夫婦喧嘩を目撃した不安が残っているかも知れない。
「急ぎなさい!」とせかされて登校した子もいるだろう。
登校中、町の喧騒に曝された子、図らずもショッキングな場面に出くわした子…。

様々な事情で、硬直した子供達の身体を緩ませ、また、緩みすぎている子は引き締めて、子供達がすんなりと学習に入って行ける身体に戻してやるのだ。
そして机に座り、エポックノートと蜜蝋クレヨンを出し、授業が始まる。

こんな最中に、
「待たせてソ~リィ~!待たせてゴ~メン!」
等と歌いながら教室に子供を送り込もうものなら、全てぶち壊しである。
何も野村義男の物真似をする必要は無いが、いずれにせよ勝手に入って行っては子供達の集中を途切れさせてしまう。

この様な時には、教室の外で待機し、タイミングを計る。今なら大丈夫、という時に、先生がそっと子供を招き入れてくれるのだ。

遅刻して学校に着くと、まさにエポック授業が始まっている最中。
私とぴーぽこは盗人親子の様に足を忍ばせ、教室に向かう。
初めての遅刻、勝手が分からない。外からそっと中のウール先生(仮名)に目配せするべきか。
近付くと、薄桃色のカーテンが閉まっている、これでは目配せも出来ない、どうしたものか、と躊躇う矢先、一陣の風がカーテンをくすぐる。ふわりとたなびくカーテンの向こうの、一人の子供と目が合った。
刹那、

「あ!ぴーぽこちゃんが来た!」

と駆け寄る子供。
ぬかった、しくじった、見付かってしまったか。教室はたちまち騒然となり、十三人の一年生全てが一斉に出て来て、口々に「ぴーぽこちゃん、おはよう!」と出迎える。
まるで熱烈歓迎パンダちゃん、といった様相に、ぴーぽこは照れてニヤニヤと俯き、私は授業を中断させてしまった不覚と子供達の歓迎の嬉しさに、胸中、複雑。

そこに春風の様な笑顔のウール先生登場、
「丁度良かったです。今、教材の準備をしていたところだったんですよ」
つまり上記のリズム遊びが終わり、これから席に着いてクレヨンを用意、というところだったらしい。図らずも良いタイミングで風が吹いた訳だ。

ウール先生に促され、子供達は準備の続きを始め、ぴーぽこも面映そうに教室へ。

帰路、子供達の姿を何度も思い出す。クラス中の子供達が、全員で出迎えてくれる。そんな仲間達が待つ学校に、行きたがらない筈はない。

今後、子供達の成長と同時に、色々な問題がクラスで起こるだろう。
だが、この子達は、皆でそれを乗り越えて行ける。
そう感じた朝。

こんな「父親」は如何?

個人的な話だが、11月15日は、私の父の命日である。坂本竜馬と同じ命日、って、そんな事はどうでもよい。
父が他界したのは私が小学一年生の時であり、丁度娘・ぴーぽこ(仮名)の今の年齢と同じ頃である。
幼な子を残して冥府へ旅立つ父の心情は、また、女手一つでの子育てを余儀なくされた母の苦労は、いかばかりであったろう。
私自身に関して云えば、母子家庭ゆえの苦労等多々あったが、それも良い経験、全て宝物である。
などと、悟ったような事を云ってみる。

さて。子供が七歳前後に母親に対して反抗的になる、というのはよく聞く話である。またその一方で、程度の差こそあれ、父親に対してはそれまでより従順になる。
我が家でもこの傾向は顕著に現れており、ぴーぽこは私が云う事は割と素直に聞くが、妻・みぽちに対してはいちいち腹を立てている。
また、夫婦で懐いている時にぴーぽこが割って入ってくる時など、これまでは母を独占しようとしていたのが、最近では「おかーさん、あっち行って!」などと、逆に母を排除しようとするようになった。

これは、シュタイナーの人智学的観点に立てば、むべなるかな。
シュタイナーは人間の成長を7年周期で捉えるが、生まれてからの7年間は子供の魂は、母親の魂に寄り添って育つ。そして7歳~14歳の間は、父親の魂に添う。それ以後は親から離れ、所謂思春期へと突入するのだが、ともかく7歳前後の子供はその拠り所を母から父へ移行させてゆくのだ。
無論、子供にとって母親との絆はひとかたならぬもので、この時期から母はお役御免という訳では決してない。この時期からの子供にとって、「父親」の存在がこれまで以上に大切になってくる、という事なのだ。

これまではこの話を、「だからぴーぽこは最近妻・みぽちに反抗的なのか~」などと軽く捉えていたのだが、最近、学校主催のゼミナールを聴くに及んで、慄然とした。
ベテランシュタイナー教師・金毘羅舟ふね先生(仮名・ドイツ人女性)曰く、小学校に入学した7歳ぐらいの子供にとって、父親の「男」としての姿が重要になる。母親は愛情を注ぐことができても、「男」の手本になる事は出来ない。父親は、「男」の手本を子供に示す必要がある、と。

我が身を省みる。

おいどんは、レディース服を着ているでごわす。髪も長いでごわす。「はじめお母さんかと思った~」等と云われる事もあるでごわす。

また、おいどんは家で仕事をしているので、妻がパートの日にはおいどんが家事をやっており、家事自体が割と好きでごわす。

学校の手伝いも、力仕事は他のお父さん方に任せ、おいどんは母達に混じって作業をしているでごわす。

男友達より、圧倒的にママ友の方が多いでごわす。

カラーセラピーでは「心に子宮がある人」と出たでごわす。

こう見ると、おいどんは、「男」として機能していないのではないかでごわす。俄かに一人称を「おいどん」に変えたところで、「男」の見本たり得ていない。自我崩壊の音が聞こえてくる。

「男の見本」…髪をスポーツ刈りにでもして、ゴルフぐらいはたしなまねばならないだろうか。
日経平均株価に詳しくなったり、今のうちから娘の結婚相手を勝手に妄想し、「俺に腕相撲で勝てない奴には娘はやらん!」と独りで怒ったり、結婚式を想像しては涙ぐんだり。
家族の前で放屁のひとつも平然とやってのければならないだろうか。駄洒落も云うべきであろう。
…駄目だ、私に出来るのはせいぜい駄洒落がいいところ。そもそもなんだ、この偏った「男性像」。

第一私は7歳以降母子家庭で育ったし、現在、周囲にも事情は様々ながら、シングルマザーも多い。そういう、父親不在の家庭で育つ、または育った子供はどうなのか。金毘羅舟ふね先生に質問してみた。

答えはこうだ。子供は父親がいなくても、自分で「男性の見本」を探す。例えば祖父や伯父などの親戚や学校の先生、近所のおじさんやお兄さん、母親の男友達等、身近な存在を自分で選び、見本とするので、心配は無用だ、と。確かに私も子供の頃は、そうした視点で周囲の大人を観察していた。子供はそうやって自らバランスを取る。

因みに、仕事などの事情で、父親が留守がちな家庭も問題は無い。子供と長い時間過ごすことよりも、たとえ短い時間でも父親が気持ちを込めて子供と向き合う事の方が大切なのだそうだ。

また、金毘羅舟ふね先生は、私個人についてはこう語って下さった。
「親」は子供の根っこでもあると同時に、子供を縛り付ける存在、という側面もある、と。
単に「束縛する」、という事だけでなく、その存在の影響力の呪縛、という意味だろう。
ともかく、私には「父親」という縛りはない。それゆえに、

「自由な、新しい父親になれます」

との言葉を頂いた。

結論。私の如き、海の物とも山の物ともつかぬ父親が、存在しても良し!

文字の授業はメルヘンで

娘・ぴーぽこ(仮名)が幼稚園の頃。
「おとーさん。『またあそぼうね』って、どう書くの?」
などと質問してきた。
黙れ小僧、である。シュタイナー教育において、七歳未満の子供に「知的」な部分を刺激する「文字」を教えるのは好ましからざる事である。オマエが文字を覚えようなんぞ、一年数ヶ月早い!

とは云え、問題は動機。幼稚園のお友達との手紙のやりとりで、絵だけでは飽き足りず、メッセージも添えたくなったらしい。毎日会っているのだから口で云えば済むのだが、子供はそんな合理主義的世界に生きてはいない。
シュタイナー教育を取り入れた幼稚園とはいえ、園児達はいつの間にやら文字を覚えるようで、ぴーぽこが貰う手紙には概ねメッセージが添えられている。ぴーぽこも自分でそれを書いてみたいと思ったようだ。

思えば古代文明において、「文字」とは、そんな「相手に伝えたい」、「何かを残したい」という思いから成立したのではないか。ぴーぽこがお友達に「伝えたい」、そんな古代人にも通ずる想いをシュタイナー原理主義を遵守して否定するのも如何なものか。
そう思い、取り敢えずぴーぽこが手紙に書きたい文面の文字だけを教えてやった。

子供とは、実に侮り難いもので、気が付くと在園中に勝手に平仮名を一通り読み書き出来るまでになっていた。
尤も独学なので、鏡文字やら書き順やら滅茶苦茶ではあるが、いずれ文字の授業で正しく学び直すであろうと放っておいた。

さて、シュタイナー教育では文字をどの様に教えるか。
まず、メルヘンのお話から始まる。題材はどの字を教えるかによって、その字に相応しいありもののお話を選んだり、教師自身がお話を考えたり、そこは教師自身が創意工夫する。
感情に訴えるお話を聞かせ、それに応じた絵を描き、一日目は終了。
実はその絵の中には、教えたい文字が隠れているのだが、その日はそこまでは教えない。

二日目は、「思い出す」という取り組みが行われる。前日の絵やお話を、子供達は思い出す。
教師は教える文字が多く含まれ、またその場面に応じた詩などを読む。例えば教える文字が「と」なら、
    
「昨日うちゃん寝たきに 変なころにイモがある うちゃんこのイモ何のイモ?」

…って、猥歌じゃん!メルヘンにこんな場面は無い。
無論これは例えであって、仮初めに私が教師だったとしても、実際にこんな卑猥な詩は扱わない。
兎も角、ちゃんと相応しい詩を読む等した後、例の絵の横にその文字を書く。
子供達は、初めて絵の中に文字が隠れている事に気付く。そして、物語を最後まで話して終了。

そして三日目にその文字の付いた単語を皆で探し、その後次の文字の導入が行われる。
大体こうした流れを、毎日の「エポック授業」の中で数週間かけてじっくりと取り組むのだ。

文字のエポックが始まった頃、「既に文字を一通り覚えているぴーぽこは、ちゃんと授業に集中するだろうか」と案じたものだが、それは杞憂であった。
帰宅したぴーぽこは、早速その日のエポック授業で描いたのと同じ絵を、蜜蝋クレヨンで描き始めた。それが、下の絵である。

あぁや


「これはね、『あぁや』っていう女の子なんだ」
分かりにくいかもしれないが、これは女の子が草原に、長いスカートを風にたなびかせ、両手を広げて立っている絵だ。「あぁや」という女の子が登場するメルヘン・ストーリーらしい。
そして、この翌日。ぴーぽこは帰って来るや、この絵を示し、興奮気味に、

「おとーさん!この絵にね、『あぁや』の『あ』の字が隠れていたんだよ!」

と報告。勿論私は既に気付いてはいた。この女の子の絵が、平仮名の

  「  」

に見える、という事に。
かくしてぴーぽこは、ウール先生(仮名)の授業で、楽しく文字を学んでいる。

さて、この授業は、象形文字の成り立ちにも通じる。
ドイツ人シュタイナー教師の三年寝太郎先生(仮名)も、「漢字は極めてシュタイナー的」という意味の事を云っておられた。表音文字である仮名文字やアルファベットよりも、漢字はこのやり方に適している。
実際に、日本のあるシュタイナー・スクールでは、平仮名より先に幾つかの漢字を取り上げるそうだ。

」   「」   「」   「

など、字を見ているだけでそのものの映像まで浮かぶようではないか。
また、これは受け売りなのだが、

  「

と云う文字は、「『木』の上に『立』って『見』る」と書いて、「親」なのだそうだ。
直接手が出せない高い所から、俯瞰で子供を見守る、それが「親」。
成る程、シュタイナー教師の金毘羅舟ふね先生(仮名・ドイツ人女性)が、親を灯台に例えておられた。子供という船を直接操らず、ただ光を与えて導く「灯台」の様な存在、それが、親の役割。その例えにも相通ずるではないか。

してみると、漢字はなかなかに面白い、他に何かないか。

  「  る (なぶ・る)

…え~…。字を見ているだけでそのものの映像まで浮かぶようだが、生々しすぎてメルヘンに展開しようがないので、却下!「アダルト専用エポック授業」かっての!
…誰だ、こんなそのまんまの字を考案した奴は。

電車の中の怪しい親娘

通勤・通学の電車での楽しみといえば、何であろう。

「そらもう痴漢行為ですよ、もしくはエスカレーターでミニスカの中を手鏡で覗くとかだっははははは」

そう答えたオマエはこれ以上読まんでよろしい、すみやかに警察に出頭するがいい。
私の場合は読書や人間観察、仕事のストーリー・構成・演出を考える等、色々と潰せる。が、娘・ぴーぽこ(仮名)と一緒の時は、そうはいかない。

我がシュタイナー学校では、二年生までは親の送り迎えが義務付けられている。「七歳までは夢の中」、とはいえ七歳から急に目覚める訳ではなく、ゆっくりと目覚めてゆく。
親と共に登校し、門前で見送られる。そして授業が終わると、門前で親が迎えてくれる。こうした安心感に包まれつつ、「家庭」と「学校」との境界を定かにしてゆく作業が、過保護のように見えるが、子供には必要なのだ、と思う。
因みに働いている等の理由で時間に迎えに行けない家庭は、学童体制や、他の家庭の親が一緒に連れ帰る等のフォローがなされている。

我が家は電車での通学を余儀なくされており、電車内での時間をいかに有意義に過ごすかを常日頃考えていた。同じ学校の友達に会う事もあるが、そうではない時など、往復約20分の時間が勿体無い。3日で1時間になるのだ。

アルプス一万尺やあやとりは、向かい合わずに隣り合って座ってはやりにくい。
しりとりやら雑談は、駅までの道すがらで十分だ。

さて、シュタイナー教育では幼少期の「メルヘンのお話」が重視される。
子供は一日にせめて一度は心から笑える時間が必要だ。同時に緊張し、悲しむ時間も必要だと、シュタイナーは云う。
「緊張」や「悲しみ」は、実際に怒られる等での体験ではなく、「メルヘン」によってもたらされるべきなのだそうだ。
例えば危機に陥った主人公と共に緊張や悲しみを共有する。そして、最後はハッピーエンドが望ましい。半分夢の中の子供は、こうしたメルヘンに身を浸らせる事で、感情を豊かに育んでゆくという。

これだ!

元来私は読み聞かせが好きだし、小学生の頃などは学校の一寸したイベントの時など落語を披露していた程である、通学電車の中はメルヘンの読み聞かせの時間と決めた。

早速図書館で選んだのは、シリーズの「おばけ文庫」

・・・お化けって、 メ ル ヘ ン か?

そう!我ら妖怪好き父娘にとって、「お化け」イコール「メルヘン」と決めた!
実際、この本には「サバ売り(又は馬方)と山姥」や「うりこ姫」、「米ぶき粟ぶき」等の昔話を出典にした話も収録されている。
他にも様々な古い記録や柳田國男の「遠野物語」等の民間伝承、落語の幽霊噺など、出典は幅広い。

読んでみる。「山女」、これはいかにもメルヘンっぽい。
…主人公の二人の若者が、山女に化かされて、雪崩に呑まれちゃったよ…
「ハハハハ」と山女の高笑いが聞こえて終わり、って、

・・・ ちっとも ハ ッ ピ ー エ ン ド じゃないし・・・

また、四国の大田清兵衛という侍が「野づち」という妖怪を見たとか、茨城の野田元斎という医者が「わいら」という妖怪をみた、というだけの話、というか、記録。

もはや メ ル ヘ ン を通り越して、ただの目撃情報、都市伝説。そのうえオチすら無いときた。

かと思いきや、死者が集う霊場にて、死者達の会話、
「あの死者は自殺者だぜ」
「何故分かる?」
「それは分かるさ。あの死者は 裸 足 だろう」

って、綺麗にオチ過ぎだろ!小噺か!?

兎も角も、こんなメルヘンと呼んで良いやらどうやらのお化け話を、周りの乗客の迷惑にならない程度の小声で

おまえさんは、つれないお人ですね」だの

かべの中にぬりこめてやったのさ」だの

骨もオイオイ泣いている」だのと

声音を使って語り聞かせる私と、それに神妙な顔で耳を傾ける娘・ぴーぽこは、どう見ても怪しい。

餓鬼道に堕ちし入学式

娘・ぴーぽこ(仮名)を学校に送った後、そのまま私も学校に居残り、学校の手伝いや会議に出る事がある。私はその前の時間、プリンやらシュークリームやらを朝っぱらから食べている事で知られている。
元々痩せ形の私は、それで脂肪分を摂っているのだが、もう一つ理由がある。
話は入学式に遡る。

入学式の会場は、以前「車座面接※」が行われたホールである。そう広くはないホールに、百人を超える在校生が鮨詰めに座っている。
我々新入生の親は彼らの前に、銘々の子供を膝に乗せて座る。流石にこの日はスーツ姿の私の膝の上で、ぴーぽこはいささか緊張の面持ち。

高等部の子供達のリコーダー演奏と共に入学式が始まる。一人一人名前を呼ばれた子供達は親の膝を離れ、まず七年生の子供達から、手作りの羊毛の花の首飾りをかけて貰う。
そして、在校生が見守る花道を通り、在校生の親達手作りの、美しい薔薇(生花)のアーチをくぐる。

そこで、子供達は初めて担任の先生に出会う。
シュタイナー教育ではこの出会いを大切にする為、我々親は子供達に、どんな先生か…名前、性別、何歳ぐらいか、等の情報を一切教えないよう指示されていた。輝くような笑顔で子供達一人一人を迎えるウール先生(仮名)と子供達の、今後八年を通しての初めての出会いにこちらまで感動を禁じえない。
補足すると、シュタイナー学校教師は八年一貫の担任を終えた後、「クラス担当」として、これまでとは違う形で残り四年間を関わることになる。つまり都合十二年、このウール先生と共に、子供達と我々親は今後の学校生活を送って行くのだ。
してみると、周囲に並んでいる新入生やその父母とも、同じく十二年の付き合いになって行く事になる。

ぴーぽこの名が呼ばれる。緊張している証拠に、「はい!」と返事するのを忘れ、スタスタ歩いて行く。
子供達が全員呼ばれると、ウール先生によるメルヘンのお話が始まる。どの子も大人しく聞き入っている。
ぴーぽこも緊張がややほぐれ、真剣な眼差しでウール先生のお話に耳を傾けている。
話が終わると、新入生達はウール先生に導かれて我々が作った教室に入り、初めての授業が行われる、というのが当日の大体の流れ。

親フールとでも何とでも呼ぶがいい、私の膝を離れ、在校生に見守られて花道を通るぴーぽこの後姿に、目頭が熱くなった。他の子供達も、これからぴーぽこと一緒に学んで行く仲間、皆、愛おしい。また、紆余曲折を経てついにシュタイナー学校に入学したのだ、という感動もあり、ついに涙が溢れ出す。
隣に座っている美人ママ・トッケイさん(仮名)も、ハンカチで目許を拭っている。感動を共有したその時、体の異変が私を襲う。

元来、私は猫食いである。猫を食うのではない、猫の様に食う、つまり食事を小分けに摂るのだ。
この日もいつも通り、朝食にトースト一枚食べて来たのだが、いつもより早い時間に食べた為、お昼前の中途半端な時間に空腹を感じ始めたのだ。

この感動的な式典の真っ最中に、腹を鳴らす訳にはいかない。が、私の腹の虫は小さく「クゥ~」と、空腹を訴え出す。空腹警報を発令せずとも己の空腹は己が先刻承知であり、腹の虫ごときに催促される謂われは無い。
それでも腹の虫は治まるべくもなく、「グゥ~」と更なる要求を始める。
じっくり感動させてくれ。自身落ち着かないし、隣のトッケイさんに聞こえようものなら恥ずかしい上、彼女の感動に腹を鳴らして水を差すのも本意でない。誰か私に施餓鬼供養を!

祈り虚しく腹の虫はいよいよ「グゥ~~~」と無遠慮に鳴り出す。身を屈めると圧迫されて「キュ~~」と鳴る。背筋を伸ばしたら伸ばしたで、また鳴る。トッケイさんに聞こえはすまいか?気になり、感動に浸り切れない。

童貞時代、授業中、徒にエロい妄想に浸り、無駄に海綿体が充血して辟易した事が多々あった。云わば生きながら畜生道に堕ちたようなものだが、これはエロと逆ベクトル、例えばふるさとに想いを馳せるなどすれば、荒ぶる御神体はお鎮まりなさる。が、腹の虫はなだめようもすかしようもない。
白河法皇は「これぞわが心にかなはぬもの」~天下の三不如意として「加茂川の水、双六の賽、山法師」を挙げたが、私は彼に「腹の虫の音」も不如意ですよと教えてあげたい。

結局腹の虫は鳴り続け、餓鬼道から這い上がる事もないままに入学式は終了。トッケイさんに腹の虫の音が届いておらぬ事を祈りつつ。


数日後、トッケイさんとも大分打ち解け、入学式の時の話をした時の事、トッケイさん笑って云うに、

「あの時、 随 分 お 腹 が 鳴 っ て た ね ぇ 」

…所詮餓鬼道からの祈りは天には届いていなかった。
これ以後である、私が学校で、腹の虫に先手を打つべくスイーツを食するようになったのは。



※…過去の記事「レディースファッションで面接」参照。

教室作りは親の手で

「新郎新婦初めての共同作業、ケーキカットです」というフレーズが釈然としない。そもそもそこに至るまでの式場選びから何から既に共同作業だし、第一結婚にまで漕ぎ着けるからにはとっくに「共同作業」は経験済みだろ!って、そんな事に憤っても仕方が無い。
夫婦の始めての共同作業がケーキカットもしくはセッ○スなら、我がシュタイナー学校の親と教師による初めての共同作業は、入学式前の「教室作り」である。
尤もこれはこの学校の校舎が倉庫を改造したものだからであり、一般的なシュタイナー学校もそうであるかは分からない。そもそもシュタイナー学校自体、この国では「一般的」ですらない。

娘・ぴーぽこ(仮名)の担任・ウール先生(仮名)は、羊毛人形のようなふわりとした暖かさを持ちつつ、振れば「凛!」と鳴りそうな女性。今後八年を通し、ぴーぽこの担任をして下さる。

ここでシュタイナー教育における八年一貫担任について、軽く触れる。(私自身勉強不足なので、飽くまで軽く)
子供は、「権威」ある大人を望んでいる。教師は、子供にとって親以外で初めての「権威ある」大人なのだ。
子供は始め、この「権威」を心から愛し、信頼し、尊敬する。
やがて、この「権威」に対し、試すような言動を取り始める。
そして丁度思春期を迎える頃、親や教師ら身近な「権威」に反感を持ち、自分の思考で自分にとっての「権威ある存在」を模索し始める。子供達にとって、最早「権威」の象徴としての教師が、意味を持たなくなる。
教師に徹底して甘え、そして徹底して反発する、この経験が子供にとって重要であり、その為に八年間通して担任する必要がある、という事らしい。今後、これらの事については私自身経験も通してその真意を学んで行きたい。
ある、ドイツのベテラン・シュタイナー教師が、自分を慕っていた子供達が反発するようになると、「本当に心が痛い」と語っておられた。この先生の薫陶を受けたウール先生(に限らず、シュタイナー学校の教師の多く)は、これを踏まえた上で、それでも教壇に立つ覚悟をして下さったのだ。

そんなウール先生の指示の許、教室設営に当たったのが、入学式前。
仕事を割り振り、棚作りや背面に子供達が描いたにじみ絵等を張り出す為のコルクボードの設置、また、教室の内装全体を包む薄桃色の布やカーテンのアイロンがけと貼り付け等に当たる。

こうして親達が自らの手で内装を行う事で、その空間は見えない気に満たされ、子供達はそこに無意識に「親達に守られ、包まれている」事を感じ、安心してその空間に身を委ねられる、と云う。

さて、一連の作業で、始めのうちこそ「男手」という事で、他の父達と共に屋外の大工・力仕事系に回されていた私だが、そこは金玉こそぶら下げているものの非力な乙女の私。
気が付くと母達に混じり、教室内で布のアイロンがけやミシンがけをしておりました、とさ。

そうしてそのスタンスは、半年経った今も変わらない。

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