2008年04月

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  2. 2008/04/28 冬の朝は、あたかも昭和
  3. 2008/04/23 「アイヌの学び」と謎の出家
  4. 2008/04/21 エキセントリック受付け嬢
  5. 2008/04/17 ハッピバースデイ・ディア・仏陀
  6. 2008/04/11 こびとの行進~子供の超感覚~
  7. 2008/04/02 動物にズルさを学べ!

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冬の朝は、あたかも昭和

日本広しと云えども、平成の今日、教室の暖房器具が火鉢という学校も、そうはあるまい。
娘・ぴーぽこ(仮名)が通うシュタイナー学校の小学部の教室では、石油ストーブと併用して、火鉢を使っている。

・・・昭和?

これら火鉢は、学童サポートのカーリー先生(仮名)や、三年生の母、カン・ミヒさん(仮名:度々コメントを下さる『ミニョンの母』さん)のご実家等から寄付して頂いたものだ。春休み前の寒い期間、炭熾しの作業が学校の片隅で行われていた。

・・・昭和?


炭熾しの作業は、各学年の親達が交代で行うのだが、私は早いうちに炭熾しの手順を教わった事もあり、娘を送った後、特に予定が無ければ炭熾しの手伝いをする事にしていた。

「手伝い」と云えば聞こえがいいが、実は冷え性の指先を暖める、という下心もある。なにしろ毎年冬場はしもやけになるのだ。成人男子が、しもやけである。妻・みぽちに「子供か!?」と毎年大笑いされているのだ。「しもやけ」という響き自体、既に「昭和」の匂いがする。

さて、炭熾しは各学年の炭当番の親が集まり、焚火でいっぺんに炭を熾し、それを各学年で分配する。
炭熾しの場に行くと、毎日の様に見かける顔があった。
その一人は、件のカン・ミヒさんで、炭熾しの指導をなさっている。
彼女の炭熱は日々温度を増し、「何々の木の炭は匂いが良くない」とか「何々の炭は火の持ちが良い」等、物凄い勢いで炭マイスターの道を邁進していた。
仕舞いには「いつか自分達の手で炭焼きがしたい!」という、壮大なんだか地味なんだかよく分からない夢を語り出すに至った。

もう一人が、現・三年生父のうちさん(仮名)である。
彼は、何故かいつも居る。炭熾しをしている母達の少し後ろに、立っている。
初め、(この人は何故いるんだろう?)と謎だったのだが、うちさん曰く、

「カン・ミヒさんに『炭コーディネーターをやらないか』って、誘われたんです」

何だ、「炭コーディネーター」って。意味不明である。炭の何を、どうコーディネートすると云うのか?謎は深まるばかりである。

だが、うちさんは一見ただただ突っ立っているばかりに見えるが、密かに薪を割っていたり、後片付けの時の力仕事をさり気なくやって下さったりしていた。これが「炭コーディネーター」の業務なのかどうかは知らないが、こまめに働いているふりをしてその実、暖を取っている私とは対照的な仕事振りである。

ともかく、度々顔を出している私もいつの間にかカン・ミヒさんによって、いつの間にやら発足した「炭部」の部員の頭数にカウントされるに至った。

一連の作業が終わると、薪の消し炭を拾う。これを火鉢の炭の上に乗せておくと、火の持ちが良くなるのだ。
焼け残った炭を、お骨を骨壺に入れる様に拾って壺に仕舞うのだが、入り切れない炭は安全の為、水をかけ、埋める必要がある。
これが、勿体無い。
いや、冷静に考えると、単なる消し炭のカケラである。この現場をワンガリ・マータイさんが目撃したとしても、「モォッタイナイ!」とは云わない筈である。
が、この学校で生活していると、そんなものでも「勿体無い」と思ってしまう。

エポック授業が始まる八時半までに教室の火鉢に炭を入れ、後片付けを行う。これらの作業をしつつ、子供達の姿を観察するのも炭部の楽しみの一つである。

シュタイナー学校に限らず公立学校でも目にする光景だが、上級生が、低学年の教室のお掃除を手伝っている。

掃除が終わると、授業開始まで自由遊び。遠くで二、三年生達が一輪車に乗って鬼ごっこをしている。・・・昭和?

男子の多くは、各学年入り乱れて独楽回しに余念が無い。・・・昭和?

一年生達は、もうすぐ始まる一輪車に向けて、バランス感覚を養うべく竹馬に取り組んでいる。自慢げに竹馬を乗りこなしているのは、当時一年生の我が娘・ぴーぽこである。・・・昭和?


多目的に使用される「ゲル」(モンゴルのテントの様な住居)から、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の、ヴァイオリンを中心にした演奏が聞こえてくる。「田園」の生演奏を聞きつつ炭熾しをする、あまりにもハマりすぎである。
後で知ったが、この演奏は、当時の八年生達が小・中学部卒業記念劇での生演奏の練習だったのだ。

独楽や竹馬、一輪車や縄跳びなど、まるで昭和の様な遊びで、冷えた子供達の手を暖めるのがまた、昭和アイテムの火鉢なのである。
シュタイナーと火鉢は別段関係無いが、「自然のもの」を大事にするシュタイナーが火鉢の存在を知ったならば、きっと「ウンダバー!(ワンダホー)と喝采するに違いない。

ある朝、いつもの様に炭熾しをしていると、ぴーぽこのクラスメイト、ハーフの一里塚くん(仮名:当時一年生)が我々の前に現れた。
手に、氷のカケラを持っている。
この学校では園芸で色々な植物を育てているのだが、水栽培用のバケツに張った氷を、彼は食うのだ。この行動、まさに昭和の申し子である。
この日もあまり衛生的とは云えない氷をカチワリの様にポリポリ食いつつ、我々の様子を観察していた一里塚くん、だしぬけに流暢な日本語で、

「遊んでンなァ!?」

遊んでない、遊んでない!これも「炭熾し」という立派な仕事の一つである。

だが、談笑しつつ炭熾しをしている我々の姿が、子供の目に焚火を楽しんでいる様に見えるのは尤もではある。
良いではないか。大人が楽しそうに働いている姿を子供達に見せる方が、眉間に皺を寄せて働く姿より、ずっと良い。

ただ、一里塚くんよ、肝に銘じておくがよい。
我々は一見遊んでいるように見えるかも知れないが、オノレのその氷で冷えた手を暖める為に働いてるんだっての!

※過去記事「カッコウに憧れて」参照


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「アイヌの学び」と謎の出家

このブログも回を重ねるにあたり、ここらでどうしても押さえておきたい人物がいる。

学校の創設者であり、学校代表にして現・八年生担任でもある、T.T.T.先生(仮名)である。
優しさと厳しさを併せ持つ彼女だが、その発想や行動は、時として常人の理解を超える。

話はやや遡る。

学校を挙げて取り組んでいる事の一つに、「アイヌの学び」がある。
昨年の秋、アイヌ民族の末裔の方々をお招きして、アイヌについて全校生徒が学ぶ日が設けられた。

小春日和のその日、当時の一年生から十一年生(当時最高学年)までの子供達が、校庭に並ぶ。
そして、アイヌの民族衣装に身を包んだアイヌ末裔の方々に、色々な話を伺った。

アイヌの歴史や日常の暮らしぶり、お祭や儀式など、実演も交えて説明して下さるのだ。
また、低学年の子供達は、これまで取り組んできたアイヌ語の歌と踊りを披露する。それを、暖かい視線で見守る、アイヌの方々。
そして、今度はアイヌの皆さんによって、本格的なアイヌの歌と踊りが披露された。途中から教師達もアイヌの方々のご指導のもと、一緒に踊る一幕も。

更に、鮭を解体して「オハウ」(鮭のアラ、切り身や野菜がゴロゴロ入った汁料理)というアイヌ郷土料理を作り、皆で美味しく頂いた。
冷凍鮭の解凍が間に合わず、鮭の解体に手間取る、というハプニングもあったが、概ねこの様な流れで、「アイヌの学び」が一日かけて行われたのだ。

「一を聞いて十を知る」と云われるが、それには礎が必要である。
例えば、「人参・玉ネギ・ジャガイモ」を材料とした料理として、肉ジャガの作り方をマスターしたとする。これが、「礎」になる。
「人参・玉ネギ・ジャガイモ」を使って、今度はカレーやシチューを作ろう、となった時、そのレシピを一から十まで丁寧に辿る必要は無い。肉ジャガ作りのノウハウを発展させ、その他の材料や調味料、煮込み時間等を加減乗除すれば良い。
これが「応用」であるが、応用にはそれを裏付ける「礎」が必要なのだ。

余談だが、かつて東郷平八郎が英国で食したビーフシチューの味が忘れられず、帰国してから部下に命じて「ビーフシチュー」の味を再現させた。当時の事、当然、デミグラスソースの作り方が分かる訳も無く、砂糖やみりん、醤油など、日本で手に入る調味料を駆使して再現に努めた。
こうして出来たのが、「肉ジャガ」だと云う。

マメ知識は置いといて、この様に幾つかの民族・歴史・地理や文化について詳しく学ぶ事で、子供達の中に「礎」が出来る。
世界には数多くの民族や文化、歴史があり、その全てをこうした形で学ぶのは不可能である。が、他の民族の文化や歴史を授業の中で学ぶ際、礎がある事で、それらに対して生き生きとした想像力が発現され、飽くなき興味と探究心、また他民族への敬意や愛情をもって学ぶ事が出来るようになるのではないだろうか。

シュタイナーは、特に低学年において、「直接体験」を重視していたが、実際に目の前で実演されるアイヌの文化~歌や踊り、儀式や鮭の調理等~に、どの子も興味深々の眼差しを向けていた。
特に一年~四年生の小学部の子供達は、手仕事の時間に自分達が作ったアイヌの民族衣装を身に着けての参加だから、興味もひとしおだろう。
尤も私の娘・ぴーぽこ(仮名)ら一年生(当時)は、アイヌの文様を刺繍した「マタンプシ」と呼ばれる鉢巻を巻いただけだが、四年生にもなると、アイヌの民族衣装ほぼ一式に身を包んでいる。

アイヌの衣装を手作りし、アイヌ語で歌い踊り、またこうして直に話を聞いたり郷土料理を味わったりする。こうした体験は、きっと子供達の中に深く染み込み、「礎」となることだろう。

さて、この様に、手作りのアイヌ民族衣装を着た小学部の子供達や、本格的な民族衣装のアイヌの方々に混じって、一際異彩を放つ人物がいた。

「その者、白き衣をまといて」、である。頭に編笠を被り、手には鈴の付いた杖を突いている。

この出家姿の初老の女性こそ、云うまでもなく件のT.T.T.先生である。

まるでお遍路さんの様ないでたちだが、何だろう、きっとあれもアイヌに関わりのある装束だろうね、と、傍らの母達と話し合う。なにしろ今日は「アイヌの学び」なのだから。おそらくあれも、一見お遍路さんの様だが、我々が知らないだけで、何かアイヌゆかりの意味があるのだろう、という話になった。

だが、どうしても気になった私は、タイミングを見て直接T.T.T.先生に伺ってみる事にした。

私:「先生、今日の、その衣装は・・・?」
T:「あぁ、これですか!?」
T.T.T.先生、誇らしげに、こう云い放った。

「弘法大師です」

弘法大師、つまり空海。と云う事は・・・やっぱり遍路かい!?
が、遍路は無論、四国八十八箇所巡りである。今日はアイヌ~北海道の学びであって、「四国の学び」でも「高野山の学び」でもない。
それとも空海は、私が知らないだけで、北海道にも霊山を開闢していたのだろうか?

「あのぅ・・・弘法大師って、アイヌとも何か関係が・・・?」

「無いです」

無いのかい!?

「え?じゃぁ、何故白装束を・・・?」

T.T.T.先生、手に持った杖で地を突く。鈴が、凛、と、鳴る。

「気分です」

・・・「気分」って。
然もそれから一時間もしないうちに気分が治まったものと見え、気付くといつの間にか、普段の平服に戻っている。
多血質にも、程がある。

アイヌの方々自ら民族衣装で臨んで下さった「アイヌの学び」。そこに遍路姿で現れると、「何かある」と思うではないか。

・・・何も無い。ただ、弘法大師のコスプレである。

今後もT.T.T.先生から、目が離せそうにない。


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エキセントリック受付け嬢

昨年、学校の何かのイベントで、私は受付けを担当する事になった。
帰宅して、妻・みぽちにその事を報告。

「うち、受付け嬢やる事になったよ」

するとみぽち、まるで毒蟲でも見る様に私を一瞥し、こうボヤいた。

「・・・受付けといえば学校の顔だよ・・・。あんたみたいなエキセントリックな人間に受付けをさせるなんて、学校も人選考えりゃいいのに・・・」

思えば私のいでたちは、レディース服レディース・ジーンズ、髪型は長髪を乙女チックに結い上げている。尋常な三十代半ばの男性のファッションではない。

そんな毒蟲受付け嬢の私、この度、凝りもせず再度受付け嬢を志願した。
新一年生の入学式の日、である。
志願した直後、係決めの担当理事が、こう云い放った。

「当日は改まった場なので、礼服でね」

なんですと!?「礼服」ですと!?

たかだか「礼服」にここまでビビる必要は無いのだが、そこは自由業、ネクタイなど年に一度締めるか否かのこの私、怖気づいて辞退を表明すると、親理事・小リスさん(仮名)
「あたしの貸そっか!?」

いや、礼服自体、持ってはいるが、当然メンズ・スーツである。冷静に考えると問題は一切無いと云うか、むしろ私がメンズ・スーツを着るのは極めて普通なのだが、小リスさんにレディース・スーツを借りられるという事で、一安心する。何が「一安心」なのかすら、もはや謎である。

当日、袖を通してみると、あつらえたようにピッタリ。かくして入学式当日、無事受付け嬢としての務めを果たしたのだった。

シュタイナー学校の入学式の様子は、以前書いた。
今年も概ね同じ流れで新入生を迎えた。
~全校生徒の歌で、式典は始まる。名を呼ばれた子が一人ずつ親の膝を離れ、六年生から羊毛の首飾りをかけて貰い、生花のアーチをくぐって担任の先生と初対面の握手をする。担任の先生が語るメルヘンを聴き、先生の後について会場を離れ、教室に向かう。~
去年、皆に祝福されてアーチをくぐった娘・ぴーぽこ(仮名)たちは、今や二年生、新しい仲間を迎え入れる側に立っているのだ。実に感慨深いものがある。

今年は諸々の事情により、入学式が若干遅かった。
新学期が始まっても数日間は新入生が入って来なかった為か、ぴーぽこも
「二年生になった気がしない」
などと云っていたが、やっと皆が楽しみにしていた新一年生が入学して来たのだ。少しずつ、上級生の自覚が芽生えて来るに違いない。

今年の一年生は幼児部からの持ち上がりも多く、また、上級生の弟妹達も多い。為に、母達も知った顔が多く、さほどフレッシュな感じはしないが、勿論中にはお初の方々もいらっしゃる。
欧米諸国と違い、「シュタイナー教育」が認可されていないこの国において、この教育、この学校を選ぶのは、かなりの勇気が必要だったことだろう。
その前に、家族(特に夫)の同意が得られず、入学を断念する家庭も多い。
そうした夫達は、一様にこう云う。
「人生は荒波の連続。公立学校で早いうちから荒波に揉まれておいた方が良い」、と。

試験も成績表も無い、一見浮世離れした「シュタイナー教育」だが、決して「過保護」ではない。が、世の夫達からは、

「シュタイナー教育=試験、成績表、競争が無い=過保護」

と、思われているところがあるようだ。
そもそも、そうした意見を持つ夫達は、「いじめ」すらも「荒波」の一環として、肯定している節がある。

だが、世の夫どもよ、聞くがよい。
私の如き取るに足らぬ輩が、大上段からエラそうにモノ申させて頂いて、恐縮至極ではあるが、まぁ、そこは御勘弁頂いて、聞くがよい。(こういう態度を『慇懃無礼』と云う)

諸君らは子供達を荒波に、ただ突き落としているだけである。それでは、子供達は、波にただ翻弄されるだけだ。
シュタイナー教育とは、例えればサーフボードである。教育とは荒波を乗り越える技、力をもたらさねばならず、ただの知識の集大成ではない。
操作法等を教え、子供達の手本となるインストラクターが、教師である。
そして大海原で、子供達が方角を過たぬよう、我々親が、灯台の役割を担う必要がある。岬にしっかりと立ち、子供達を照らす存在に、我々親はなる必要があるのだ。

子供達はやがて、荒波を自由に乗りこなす力を付ける。波乗りに、楽しみや充足感を覚える。
実際に、サーファーの表情を見れば分かる。彼らは、波が荒ければ荒い程、生き生きとしているではないか。

仮に子供達が、波乗りに失敗して波間に落ちたとしても、サーファーの様に苦笑して、また次の波を待つのだ。
波に乗る術を知っている者達にとって、「荒波」はもはや、つらいものではない。

この学校の、特に高等部の姿を見ていると、その様に感じてならない。

私は自身の経験上、公教育に否定的ではあるが、近年の公教育の現場での努力、創意工夫、取り組み等、評価すべき、素晴らしい点も多く存在すると思う。
それを踏まえた上で、矢張りシュタイナー教育の方が、子供達の生命力、生きる力・・・本当の意味で、「荒波」を乗り越える力が養われるのではないか、と思っている。
浮世離れしているように見える「シュタイナー教育」だが、現場の子供達の足は、確実に大地を踏みしめている。

ついでながら、世の夫どもよ、もひとつ聞くがよい。
ここに、ドイツのシュタイナー学校卒業生の傾向を示したデータがある。(公正を期す為、シュタイナー学校関係者や人智学者を一切省いた研究チームによって集計されたデータ)
それによると、シュタイナー教育を受けた者達の多くに見られる特徴として、以下の点が挙げられるそうだ。

・人生に対して、肯定的
・クリエイティブ
困難(荒波)を乗り越える力が強い

世の夫どもよ、この結果をしかと受け止めた上で、「荒波」云々を語るがよい。

・・・って、途中からナニ様気取りで論じているのか、この私は。

そもそも、レディース・スーツですましているエキセントリック受付け

が、啓蒙家気取りで高い所からモノを云っても、誰の心にも響かないっての。

そもそも、「嬢」ですらないし。


※・・・過去記事「餓鬼道に堕ちし入学式」参照(07年11月)

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ハッピバースデイ・ディア・仏陀

シュタイナー学校では、クリスマスの行事を大事にしている。
クリスマスといえば、我が国では前夜・イヴに浮かれた恋人達が小洒落たホテルの一室で交尾を行う、そんな日だ。聖人の誕生日の前夜にわざわざヤることか!?
って、ロクにモテた事の無い私の憤りは置いておいて、我がシュタイナー学校ではイエスの聖誕祭と同様に大切にしている行事がある。

それが、4月8日、仏陀(釈迦、ゴーダマ・シッダールタ)の聖誕祭・「花祭り」である。
(尤も、日本の他のシュタイナー学校でもこれを行っているのかどうかは知らないが、少なくともうちの学校ではそうだ。)

日本の多くの家庭の宗旨は仏教であるに関わらず、この「花祭り」は、ちっとも盛り上がっていない。クリスマスにケーキやチキンで盛り上がる家庭はあっても、花祭りに甘茶で盛り上がっている家庭は、あまり聞かない。

そんな地味な日ではあるが、我が校ではこの行事にも取り組んでいる。

潅仏会(花祭り)の「花御堂」とまではいかないが、ホールに各学年で育てている鉢植えの花や蓮の花の写真を飾る。
中央には祭壇があり、羊毛で作った仏陀の像が安置される。生まれるやいなや「サタデー・ナイト・フィーバー」におけるジョン・トラボルタのようなポーズをとり、

「天上天下唯我独尊」

と云い切った時の、あの像である。

全校生徒がこのホールに集まり、仏陀の生涯について等の話を聞く。午後、学年ごとに近くのお寺にお参りして甘茶を頂く。そして、解散。低学年の親は、この日は解散時間にお寺でお迎え。概ね、そういった流れである。

時折、シュタイナー教育は特定の宗教(キリスト教)に基いている、と云われるが、それは全くの誤解である。この学校がイエスと仏陀の聖誕祭を同等に扱っている事でもそれは明白だし、シュタイナー自身、「宗教的理念に基く学校を作っているのではない」と断言している。

一般の学校でも「歴史」の授業の中で、宗教は取り扱われる。私なども日本史の授業で、

「天台宗は最澄、真言宗は空海。覚え方は『天最・真空(てんさい・しんくう)』」
などという、無味乾燥な教わり方をしたものだ。こういった暗記的な授業に比べたら、確かにシュタイナー教育では「宗教学」の扱いは特別とも云える。
が、それは特定の宗教・宗派を礼賛するものではなく、出来るだけ広く、あらゆる民族の宗教を扱う。そうする事で、子供達はむしろ宗教の枠を超え、異文化や他民族への偏見を抱くことなく、それらを理解し、敬意を持つようになるのだろう。

因みに、シュタイナー自身は当然敬虔なキリスト教徒ではあったが、「仏陀」や「菩薩」等についても言及している通り、他の宗教にも造詣が深かった。また、その思想・哲学に東洋的な要素が強かった為、多くのキリスト教徒から異端の扱いをされているのは皮肉である。

さて、今年の花祭りの日は、春だというのに冷たく、そして激しい風雨。
普通の学校なら「雨天中止」が当然の空模様である。
が、この学校は、ルドルフ・シュタイナー以外に、もう一人の人物の教育理念に基いている。

それは、「宮澤賢治」。「雨ニモマケズ」に曰く、

「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」

篠突く風雨をものともせず、学校から少し離れたお寺目指しての強行軍。まさに雨にも負けず風にも負けずを地で行く子供達。新学期早々、試練の幕開けである。

比べて昨年の花祭りは日和も良く、桜も満開。当時入学したての娘・ぴーぽこ(仮名)、花祭り終了後、お友達のるるるーちゃん(仮名)親子と一緒にのんびり帰ろうとしていると、我々の前に一人の初老の女性が現れた。
彼女は優しい笑顔で子供達に、

「知ってる?桜の花の蜜はね、甘いんですよ

と話しかける。
「本当は摘んじゃいけないんだけど・・・子供達の学びの為だから、少しならいいでしょう」
などと一人ごちつつ桜の花を幾つか摘み、額を取って口に当て、

「こうやって舐めてみるとね、甘いんです。君達も舐めてみる?」

興味深そうに見ていたぴーぽことるるるーちゃん、彼女のしたように桜の花に吸い付く。そして、口々に、

「本当だ・・・甘~い!」

と、歎声を漏らす子供達。それを優しく見守る、件の初老の女性。

彼女こそ、この学校の創設者であり、学校代表かつ現・八年生の担任教師でもある、T.T.T.先生(仮名)である。

かくして娘・ぴーぽこがこの学校に入って最初に覚えたのは、

「桜の花の、美味しい舐め方」

と、

「天上天下唯我独尊」

というフレーズである。

関係無いが、やさぐれた若者達のスプレーによる落書きには、「喧嘩上等」や「愛羅武勇」、「○○愚連隊参上」等、矢鱈と漢字が多い。
大学時代、キャンバスの近所の塀に書かれていた、スプレーの落書き。「天上天下唯我独尊」と書こうとして、途中、「唯」の字が書けなかったのだろう。そこにはこう書かれていた。

「天上天下Fuck!」

・・・もはや意味不明である。



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こびとの行進~子供の超感覚~

仕事中のBGMで、グリーグ作曲の「叙情小曲集」を聴いていたところ、近くで遊んでいた娘・ぴーぽこ(仮名)が、俄かに「この曲・・・知ってる!」と云い出した。
「前、七年生が、オイリュトミーをやってた時の曲だ!」

数ヶ月前の学校のオイリュトミー発表会で、七年生がピアノ演奏に合わせて踊っていたのが、グリーグ叙情小曲集の、「こびとの行進」という曲。
それにしても一度しか観ていない筈なのに、よく覚えているものだ。相当集中して観て、聴いていたのだろう。子供の五感、侮り難し、である。

さて、「こびとの行進」の写真。

こびとの行進


文字通りの「こびとの行進」である。
これは、一年生の「手仕事」の作品。

羊毛の「こびとさん」本体は大人が用意する。子供達は、毛糸の棒編みでこびとさん達の服を編むのだ。
ここからが、メルヘン。なんと、服を一つ完成させ、袋に入れておくと、夜の間に本物のこびとさんがやって来て、頭巾の先に可愛い鈴を付けてくれるのだ。

何度も述べてきたが、シュタイナー教育では幼児期のメルヘンを重視する。一年生も、まだメルヘンの世界に身を置いているのだ。
「出来た人は、先生が鈴を付けてあげます」または「お母さんに付けて貰って下さい」ではなく、「夜中にこびとさんが鈴を付けてくれる」、なんと素敵なメルヘンではないか。
勿論、翌日登校してきた子供達は、自分が作ったこびとの服の頭巾の先に鈴が付いているのを見付けては大喜びしているそうだ。

「こびとさん」の正体は、無論、担任のウール先生(仮名)
お忙しい中、学校が終わってから、一つ一つ付けてくれているのだ。

だが、子供達は手仕事好き。毎日どんどん出来上がる。
ぴーぽこなども家に持ち帰っては編み、精力的に仕上げてゆく。
そんな次第で、ウール先生の仕上げも追いつかなくなってくる。こうした時、通常は出来る親がお手伝いするのだが、ウール先生にはある懸念があった。

それは、子供達の、動物的なまでの五感の鋭さである。

休み時間や体育の外遊びで、子供達は目隠し鬼のような遊びをしていたのだそうだ。
子供達がぱっと逃げ、何かの合図で立ち止まる。鬼の子は目を閉じ、手探りでお友達を捕まえ、それが誰なのかを当てる、といった遊びらしい。

それが、鬼になった子達は皆、かなりの確立で自分が捕まえた子が誰なのか当てるのだそうだ。そのあまりの的中率の高さに驚いたウール先生は、子供達に「みんな、なんで分かるの?」と聞いたそうだ。
子供達は、口々にこう答えたという。

「匂いで分かる~!」

・・・って、キミらはかね?

兎も角、これほどまでに感覚が鋭い子供達である。迂闊にお母さんに鈴付けのお手伝いを頼むと、送り迎えの時、隠していても鈴の音で子供に気付かれるのではないか、と、ウール先生は心配していたのだ。子供達のメルヘンの為、これほど細心の注意を払って下さっていたのだ。

が、子供達は無論、そんな事は知りもしない。こびとさんの苦労もお構い無しに、次々と、わんこそば状態で仕上げてくる。
流石のウール先生もたまらず、生徒のクラーク君(仮名)の母・さきすけさん(仮名)に手伝いをお願いした。飽くまでも子供に気付かれないように、と、念を押して。

そんな事を聞いた私、小賢しさを発揮し、さきすけさんにこう提案してみた。
発想を転換し、音を出さないようにするのではなく、むしろ音を出す。
つまり、鈴付きのキーホルダーやストラップ等を、こびとさんを持ち運びするバッグに、見えるように付けておくのだ。これなら鈴の音がする方が当然。いわば鈴の影武者、陽動作戦である。
竹中半兵衛か諸葛孔明か、軍師気取りの私の進言を容れ、さきすけさんはバッグにこびとさんと同じ鈴を付ける事で、お釈迦様にも気付かれる事なく、この困難な任務を遂行したという。

春休みの間にも「こびとさんの服を作りたい!」という子供達もいた為、二年生になった今も、こびとさんはまだこっそり働いているのかも知れない。

子供達のこうした感覚の敏感さには驚くが、果たして自分が子供の頃もこんなに感覚が研ぎ澄まされていただろうか。
私の子供時分は鼻詰まりで、その頃から右耳が難聴ではあったが、少なくとも周囲の世界は、今より鮮やかだった印象はある。

また、ある匂いや音、味を感じ、過去の記憶の扉が開いたり、どうしようもなく懐かしい気分になった、等という話はよく聞く。
例えば私の場合、木酢液の匂いを嗅ぐと、祖母の家の情景やそこで五右衛門風呂に入った事等、色々な懐かしい記憶が蘇る。

また、ある男性タレントさんの話だが、彼が子供の頃、兄が桐のタンスの奥にエロ本を隠していたそうだ。家族の留守を見計らっては兄の部屋に忍び込み、その桐のタンスを開けてエロ本を盗み見していたという。
だから、未だに桐製品、木材等の木の匂いを嗅ぐと、エロい気分になるそうだ。

確かに、子供の頃は今以上に五感が敏感だったように思う。
シュタイナー教育は、子供の直接体験を重視する。
土や水、風や草の感触や匂い。
また、お母さんの子守唄。一流の演奏家のCDを聴かせるより、下手でもいいからお母さんが抱っこして歌ってくれる歌の方が、子供の心の栄養になるのだ。

感覚といえば、私が幼少の砌、よくギャグマンガでありがちな「コショウでクシャミ」、あれが本当なのか検証した事がある。
小皿にコショウを少し出し、鼻を近付け、嗅いでみた。

スッと鼻から息を吸ったところ、コショウの粉末が私の鼻腔に襲い掛かる。コショウによる思わぬ奇襲である。私は、日本人にしては鼻が高い。目測を誤り、コショウに近付き過ぎたのだ。
鼻粘膜がコショウ粉の襲撃を受け、クシャミ連発、それどころか泉のように滾々と涌き出ずる涙と、鼻水。

こうして「直接体験」によって「コショウでクシャミ」を実証した、マンガのような子供が今では漫画家、因果とはかくも恐ろしい。


付記:この日記をアップした日の晩餐。私の手製のカレーを食べるぴーぽこ、こう云った。

「おとーさん。これ、バターの味がする!美味しすぎ!」

確かにこのカレーは、玉ネギ、人参、ホウレン草、パセリを、植物油とバターでじっくり炒め、煮込んだカレー。
スパイスィーな食品からその風味を嗅ぎ当てるとは、子供の五感、侮り難し。

ただ、ぴーぽこよ、残念なお知らせがある。

オマエが・・・いやさ、我が家で「バター」と呼んでいるそれは。

実は、安い、安ぅ~い、マーガリンだ、という事だ。


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動物にズルさを学べ!

以前記事に書いた、謝肉祭の仮装。
二年生は「動物寓話」ということで、当日、我が家にあった猫耳のカチューシャを二年生の教室に持って行く。
皆それぞれ準備しているから不要であろうとは思ったが、念の為「必要な子、いますか~?」と声をかけたところ、二年生担任のオヒョイ先生(仮名・女性)が、

「あ、私が借りたいです!」

貴女がかい!

「天の恵みです!」

嬉々として猫耳を借りるオヒョイ先生。
その後、色々な動物に仮装した子供達に混じって、大正ロマン的な着物に袴姿、頬には猫ヒゲを書き、ピエロの様な鼻を付け、そして頭に猫耳という、化け猫の様ないでたちのオヒョイ先生の姿があった。

尤も、ミクシィのトップ画像でバニーに扮装というか、女装というか、仮装というか、コスプレ姿を晒している化け兎の私に、他人をとやかく云う資格は無い。

さて、この時の記事で書ききれなかった話、何故二年生に「動物寓話」が必要なのか。
娘・ぴーぽこ(仮名)も近く二年生になる事だし、それについて改めて考察したい。

二年生位になると、それまで素直だった子供達の中に「ズルさ」が萌芽してくる。
思えば私の子供時代、小テストの時、周囲でカンニングが横行し出したのも二年生の頃だった。

「動物寓話」の中には、「ズルい」動物が多く登場する。
「3匹の子ぶた」や「7匹の子ヤギ」等に登場するオオカミは無論、日本においてもキツネやサル、イタチ等、ズルい動物は枚挙に暇が無い。

「かちかち山」のタヌキに至っては、ズルいを通り越して、悪辣極まりない。
なにしろ善良な老婆を鈍器で撲殺した挙句、その肉を配偶者であるお爺さんに食べさせるのだから、猟奇殺人犯以外の何者でもない。
そのタヌキの上を行く復讐魔のウサギの狡猾さもどうだろう。

話は逸れるが、近年、このタヌキの行為が子供に聞かせるには残虐である、として、内容の改ざんがなされている。

ある絵本では、タヌキはお婆さんを殴って逃げた。お婆さんの命に別状は無い。その後、ウサギによって御承知通りの復讐劇が展開され、最後には泥舟で溺れかけたタヌキが改心し、「そしておじいさん、おばあさん、ウサギとタヌキは仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし」って、

何だそりゃ!?めでたくないっての!!

無論、お年寄りに暴力を振るうなどは言語道断である。が、それにしてもポカリと殴って逃げ出した代償に、ウサギによって執拗な報復を受け、溺死寸前、瀕死の目に遭わされるというのは、いくら何でも釣り合いが取れないのではないか。
これでは「暴力を振るった相手には3倍返しで臨んで良し」と教えているようなものではないか。
タヌキの上を行く「ズルい」手口でタヌキをいじめ抜くウサギの方が、むしろ悪役にすら思えてくる。

寓話や昔話には、時として残酷な場面が登場するが、子供はそれをシンボルとして受け取る力があると、シュタイナーが述べているのを何かで読んだ。確かに子供時代、「かちかち山」を読んで
「タヌキは酷い!」
とは感じたが、その真の残虐さを認識したのは数年の年を経てからであった。

寓話としての残酷な場面より、付けっ放しのテレビのニュース番組やワイドショーから垂れ流される殺伐とした報道の方が、よほど子供の心には良くない。

話を戻すが、大抵の場合、「ズルい」動物は最後に失敗したり、しっぺ返しを喰らう。
「だから皆も、『ズルい』事をするのをやめようね!」
とは、シュタイナー教育では指導しない。いや、それも重要な教訓ではあろうが、まだメルヘンに浸る能力が強い二年生の子供にとって、登場する動物に感情を重ね、共に騙したり騙されたりする、という事を、シュタイナー教育では重視しているように思える。

つまり、例えばホメオパシーの様な、「同種療法」に近いのではないだろうか。
対処療法的に、「ズルさ」を押さえるのではなく、自分の心に涌き上がってきている「ズルさ」と同質の動物に感情を重ねる事によって、心の奥深い所でバランスが取れて行くのではないか。
言葉は悪いが、「毒をもって毒を制す」である。

「同種療法」と「対処療法」について触れると、例えば盲腸の手術での剃毛。勃起しそうになる荒振る男根を鎮め奉る為、故郷のおっ母さんに想いを馳せる、是即ち、「対処療法」・・・って、例えが不適切だっての。

そう、例えば、失恋。
「あんな男の為に、泣くもんか・・・!そう、私には、仕事があるの!このプロジェクトを成功させるのよ!!」
これが、「対処療法」。仕事で気を紛らすが、心の奥には未練が残っている。
ある日、こうして涙を抑圧していた彼女は、自分の失恋とよく似た話の映画を観て、号泣する。そして、失恋の呪縛から解放される。
これが、「根本療法」である。・・・ある、のか?この例え、合ってるのか?まぁ、つまり、同種の要素によって、痛みを伴うこともあるが、根本から癒される、という事だ。

兎も角、子供の中に「ズルさ」が芽生える時期に、「ズルい」動物が登場する「動物寓話」を語り聞かせる事が重要であると、シュタイナー教育では考えている事は確かだ。
それを反映してかどうか、子供達(特に男子)の中では「ズルい」キツネが大人気で、この日の仮装ではキツネだけでも四、五匹はいた。

また、考えようによっては「ズルさ」も人間の中には必要な要素でもある。
例えば、我が家の場合。

妻・みぽちは、ぴーぽこの留守中におやつ(チョコ等)を食べる。いや、別にそれは食べたって良い、大人のささやかな楽しみなのだから。
問題は、食べたおやつの包み紙を置きっ放しにしていたり、捨てたとしてもすぐ見付かる様な、無造作な捨て方をしている事だ。
帰宅したぴーぽこはこれを見付け、当然「自分も食べたい」と主張し、仕舞いに

「おかーさんだけ、ズルい!」

と怒り出す。

ぴーぽこよ、聞くが良い。
お母さんはズルくない。

本当にズルい人間は、上手に証拠を隠滅する。

が、これはある意味、配慮である。
子供も食べたがるに決まっているのだから、悟られない様に食べる、それが「配慮」というものだし、私はそうしている。

「配慮」には時として「ズルさ」の要素も不可欠なのだ。

・・・こうして、己の「ズルさ」を「配慮」にすり替える。
これもズルさの為せる業。


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