2008年11月

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  2. 2008/11/23 リアクション・受付け嬢
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  4. 2008/11/09 通過儀礼は演劇

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リアクション・受付け嬢

去る土曜日に行われた、父親主催のあるイベント。(このイベントについては、別の機会に詳述したい)
普段は母達に混じって働いている私だが、今回は珍しく父達の手伝いをすることに。
状況によって動物に付いたり鳥に与したりするコウモリのようなものだ。

私は受付けブースの担当を仰せつかった。
それならば、と、前日にある事を思い付く。
前回の日記で、ハロウィンで仮装魂に火が点いた私が行ったという奇行が、これである。
と云っても、軽く女装を決め込んだだけのことなので、「奇行」というほどの事ではない。

つまり、「受付け嬢」になろうというのだ。

開始前、机に布を敷き、花や水晶を飾って受付けのセッティング完了後、今度はオノレのセッティングである。
男子トイレに籠もり、鏡の前で髪をツー・テイルの三つ編みにし、イヤリングを付けて口紅塗ったら、素敵な受付け嬢に大変身よ
この間、父達が二人程用足しに入って来たのだが、この異様な光景に、さぞかし度肝を抜かれたことだろう。

服装は、普段からユニセのレディース服なのでそのまま。カフェエプロンを巻けば、一寸スカートっぽい。
更に、以前ウクレレサークルで付けていたレイを頭に巻き、受付け開始。冷静に考えれば、こんな珍奇なスタイルの受付け嬢など居ないっての。

大人達のリアクションは様々だが、多かったのは、

「似合う~!」「綺麗~!」

という賞賛。そうでしょうとも、もっと褒めても宜しくてよ。という思いと同時に、「・・・気を使わせてるんじゃあるまいか」との思いもあり、乙女心は複雑なの。

一部の母達の中には、

「出た!!」

と、化け物扱いする人も。
「あら~、私の美貌に嫉妬してらっしゃるのね~」ということにして、ノン・シャラン。

さて、子供達のリアクションは興味深いものがあった。それを、シュタイナーによる子供の成長の概説と共に紹介したい。

シュタイナーによると、概ね七歳頃、子供のエーテル体は覆いを解き、自由を得る。が、急に目覚めるのではなく、幼児の頃のメルヘンの作用を残しつつ、次第に目覚めてゆく。
松井るり子さんの有名な著書のタイトルに、「七歳までは夢の中」とあるが、7歳を過ぎたばかりの低学年の子供達は、目覚めかけの「まどろみの中」と云えるかもしれない。

これぐらいの子供達のリアクションは、実に大きい。

「あ~ッ!ぴーぽこちゃんのお父さんが女の人になってる~!」

って、性転換してないって。「女の人の格好をしてる」ではなく、「女の人になってる」という表現が、この年代の子供達の世界観を象徴している。
また、「口紅も塗ってる~!」と、細かい点も見逃さない注意力も持っている。

やがて来るのが、シュタイナー教育で云う「ルビコン世代」(三年生頃)である。
夢から覚め、自分と外界との距離を認識する。それまで曖昧であった自分と外界との境界が明確になるのだ。

実際、この年代の子供達は、低学年の子程は過剰な反応はしない。四年生女子のムササビちゃんや帝釈天ちゃん(いずれも仮名)なども、私のすぐ前で笑いはするが、以前のようには騒がない。
以後、学年が上がる毎にその距離は広がり、遠巻きに見て笑っている。これも、各年代の子供と外界との距離を象徴している様だ。

そして、思春期の最中にある八年生辺りになると、普段通りの表情であったり、笑うにしても穏やかだったりと、最もリアクションが薄い。
別に私も笑かそうとしてやっている訳ではないので、実はこれぐらいのリアクションがやり易い。(とは云え、須らく全ての人々のリアクションがこうなら、それはそれで寂しいのが乙女心の複雑さ)

この年代は、アストラル体が自由を得る時期であり、シュタイナー教師はよく「顔に『内装工事中』と書いた張り紙を貼っている年齢」という表現をする。
内面が変化する時期であり、大人に対する表情が最も乏しい時期だろう。

これを過ぎた、高等部の生徒達のリアクションは、実に様々であった。
私を見るや笑い出す九年生の女子達、中でもカッコウさん(仮名)などはわざわざ私の元に舞い戻り、素直な疑問を投げ掛ける。

「それ(イヤリングや花飾り)、自前ですか?」

自前ですとも。

十年生は職業実習の為不参加だったが、ただ一人、実習終了後に駆け付けてくれたオータムさん(仮名)
「お帰りなさい。職業実習はどうでした?」と話しかけた私に、
「ただいま、・・・」
と答えかけた彼女、私に背を向け、肩を震わせ、笑いをかみ殺しつつ、

「・・・・・・顔が見れない・・・」

目の前の現実を直視するのよ!

十二年生のステッグくん(仮名)などは、普段私が母達に混じって働いている姿を知っているのだろう、こう話し掛けて来た。

「今日はお父さんとして参加ですか?お母さんですか?」

もはや大人と変わらない、諧謔溢れる彼の問い掛けにこう答える私。

「受付け嬢としてです」
って、答えになってないっての。

アストラル体が自由になった彼等の中では自我体が育っている。自我体が誕生し、自由を得るのは21歳頃。彼等のまだ生まれる前の自我体は、誕生に向かって着実に成長しているのだろう。
小・中学部の生徒達のリアクションが、個人差はあるものの、概ね年代としての共通した傾向があるのに対し、高等部は如実と云ってよいぐらい「個」としてのリアクションが出ることが、それを物語っているように思う。

また、印象的だったのは、幼児部の女の子。帰り際に、その子に「左様なら」と手を振る女装受付け嬢に、何の違和感もなく当然のような笑みで手を振り返す彼女。「七歳までは夢の中」、どうやら私の珍奇な姿は、この子にとって悪夢とならずに済んだ模様。

一寸した思い付きでやった女装だが、それによって子供達のリアクションからシュタイナーの子供の成長観との一致を観察し得たのだから、なんでもやってみるものである。
来年は、ゴスロリ・メイド姿で「お帰りなさい、ご主人様」とかやるか。

いや、それはやり過ぎにも程があるっての。



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ハロウィンの選択肢

日本でもすっかり定着した観のある、ハロウィン。
お馴染みのセリフ、「TRICK or TREAT!」、「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」と意訳されているが、直訳すると「悪戯か、おもてなしか」といったところか。
普通はそこでお菓子をあげるわけだが、
「じゃあ、悪戯で」
と選択したなら、彼等はどんな悪戯をしでかしてくれるのだろう。

六年生のある女子生徒に聞いてみたところ、

「う~ん・・・ぶちます

って、それ悪戯か!?
悪戯と云えば、例えば靴の中にミミズを入れるとか、ウォシュレットの水勢・温度をこっそり「強」にしておくとか、食料品に異物を混入したり、刃物で刺して「ムシャクシャしてやった、相手は誰でもよかった」と供述してみるとか、って、途中から悪戯通り越して犯罪になってるっての。
ともかくこうしたネガティブなベクトルへの想像力は、豊かでなくて良し。

二年生の娘・ぴーぽこ(仮名)の学校でも、学童の子供達がハロウィンを企画し、ぴーぽこも何日も前から、
「うちは黒猫になるんだ」
「やっぱりコウモリになることにした」

などと楽しみにしていた。

こうした子供達の企画を学童教師や母達がサポートし、10月31日、ハロウィン当日を迎えた。

その日は月末、クラスの祭壇係の私は、放課後10月の祭壇を片付け、11月の祭壇をセットし、学童の手伝いに行った時には、既に仮装して校内を練り歩いた子供達が、おやつを食べるところであった。

コウモリに扮したぴーぽこの他にも、色々な動物や魔女に化けた女子達や、骸骨、騎士の男子達などが、声を揃えて

「トリック・オア・トリート!」

学童教師やサポートの母達の中にも、仮装をしている方々が。
特にカボチャ大王の学童教師・ドジョウ先生(仮名)や、魔女に扮したシュレーゲルさん(仮名)などは、子供以上に気合が入った仮装である。

そんな中、日本の妖怪・ろくろ首までいるではないか。着物をすっぽり頭まで被り、首を手で動かすという、凝った作りである。そういう状態なので、誰が扮しているか、顔は見えない。
ぴーぽこに、
「ほら、ろくろ首がいるよ!」
と示すと、ぴーぽこ、淡々と
「知ってるよ」更に、
「中に誰が入ってるか知ってる?」
などと云ってくる。

これまでも何度も述べて来たが、七歳までの幼児はメルヘンの世界の住人である。歯が生え変わる頃から次第にメルヘンから離れ、この世界に足を下ろす。つまり、自分と外界との境界を、少しずつ認識してゆくのである。
シュタイナー教育では、そうした時期の子供達を強引に揺さぶり起こすようなことはしない。
まだ作用が及んでいるメルヘンの力を大切にしながら、ゆっくり目を覚まさせるように導くのだ。

早生まれのぴーぽこ、まだ七歳、然も一本の乳歯すら抜けてはいない。
まだメルヘンの中だと思っていたが、「中に誰が入ってるか知ってる?」などと云うところを見ると、もう大分目覚めかけているのだろう。
まだ暫し夢の中にいて欲しいと願う私、こう答えた。

「『誰』も何も・・・あれはろくろ首だよ」
「違うよ、きっとレインボーくん(仮名:三年男子)のお母さんだよ」

「・・・ろくろ首だよ!」

「レインボーくんのお母さんだよ!」

「ろくろ首だよ!!」
「レインボーくんのお母さんだよ!!」

こうしたやり取りを、「水掛け論」という。

その後、仮装した大人達が改めて子供達に挨拶する折、ろくろ首はそのヴェールを脱ぎ、レインボーくんの母が顔を出す。
ぴーぽこ、私をねめ付け、

「ほら、やっぱりそうじゃん!」

って、何を勝ち誇っているか。

それにしても、仮装している母や先生達を見るに付け、羨ましくなる。来年もあるのなら、私も参加したいものだ。何になる?魔女?いや、ここはやはり、妖精?難しき選択肢である。

だが、ハロウィンは10月31日。祭壇の入れ替えも月の末日。
・・・ってことは、未来永劫無理じゃん!
こうした私の思いにより、翌週のあるイベントで、私は奇行に走るに至るのだが、それについてはまた改めて。

終了後、低学年の子供達は、魔女に扮した上級生の、手作りの魔女ハットを貰い、銘々嬉しそうにそれを被って帰路に付く。
ぴーぽこも一年生の皇帝くん(仮名)と二人、魔女になり、声を揃えて覚えたての台詞を連呼する。

「トリック オア トリック!

トリック オア トリック!」


・・・って、「悪戯」以外の選択肢は無しかい。


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通過儀礼は演劇

シュタイナー教育では、小・中学部の八年間を一貫して一人の担任が受け持つ。そして高等部・九年生へと進むのだが、その区切りとして八年生で演劇に取り組む。ある意味、通過儀礼のようなものだろうか。

今年の八年生は、学校代表のT.T.T.先生(仮名)が受け持つクラス。その八年生の演劇の発表会が行われた。

「新・雪わたり 月夜の幻燈 狐少年学校祭

というタイトルのこの劇、宮澤賢治の「雪わたり」の設定で、狐の子供達が「やまなし」、「注文の多い料理店」、「飢餓陣営」を演じる、というコンセプト。昨年同様、賢治の短編を、それぞれ独立したオムニバス形式でなく、つながりを持って展開してゆく、という構成だ。
効果音や演奏も、生徒達自身で行うというのも、昨年と同じである。

が、今年の八年生は生徒数が多いこともあり、公会堂を借りての、本格的な「舞台」である。昨年は学校の敷地内に建てられているゲルでの公演、狭い中で肩寄せ合って、桟敷席での観劇。これも芝居小屋の様な雰囲気で、会場全体が一体となったようでとても良かったが、小劇場での発表もまた別の良さがある。

そんな、学内のゲルやホールでの発表会よりも圧倒的に広い公会堂の舞台の上で、生徒達は実に見事に演じていた。
八年生といえば十四歳、体も大きく、重くなる時期。また、精神面でも第二次反抗期の頃で、人前で演じる事に照れや抵抗感を持っている生徒もいるだろう。
それでも、舞台の上の生徒達は皆輝いており、演技も演奏も、優しさや暖かさ溢れるものであった。

実は、この学年の生徒達には一寸した思い入れがある。

娘・ぴーぽこ(仮名)がまだ幼児の頃から、ぴーぽこがゆくゆく通う学校選びの候補として、何度もこの学校の発表会等を観に来ていたのだ。
特に、高名なるT.T.T.先生の直々の教え子ということで、この学年の生徒達に注目していたのだ。

当時、彼等は二年生。今のぴーぽこと同じ学年である。
この学校は生徒、教師ともに、良い意味で昭和的なのだが、彼等は殊に、昭和の良い所や美点が凝縮された様な子供達であった。
中には尋常小学校の集合写真にでも写っていてもおかしくないような子供もいた。

その子供達、何人か辞めていった生徒や、途中から編入してきた生徒もいるが、ともかく彼等は今、小・中学部卒業を前に、その区切りの劇の発表で、舞台に立っているのだ。
彼等はまだ大人ではないものの、既に「子供」とも呼べないまでに成長している。
一昨年までは外部として彼等の発表を観ていたのだが、今や同じ学校に通う子の親、という立場で、彼等を観ている。

そして我が子・ぴーぽこは、私が初めて彼等を観た当時の、彼等と同じ学年・二年生の生徒として、彼等の姿を観ているのだ。
そう考えると、感慨深いものがあった。

舞台が終わり、担任のT.T.T.先生の挨拶。彼女は俄かに中空を見上げ、

「根子さ~ん・・・長坂さ~ん・・・」

と呼びかけた。彼等は宮澤賢治の教え子で、故人である。彼等がまだ存命の頃、T.T.T.先生は賢治の教え子達を訪ね、インタビューを行い、その記録映画を撮ったのだ。
彼等が語って下さった様々な事が、この劇中に織り込まれており、T.T.T.先生はその謝意、またお陰で生徒達が賢治の劇をやり遂げた事などを、彼岸の彼等に告げずにはいられなかったのだろう。

唯物的な視点では、T.T.T.先生のこうした言動は、ただ感傷の吐露に過ぎない、という事になるだろう。
が、魂は不滅、という視点に立てば、彼女の言葉に込められた想いは、彼岸の彼等に届くだろう、と思われる。
いや、何だったら、彼等の魂は実際にこの舞台を観に来ていたかも知れない。

ともかくT.T.T.先生のこの姿に、感動を禁じ得なかったのだが、気付くと私の前の席の小さな子供が、しきりに後ろを振り返っている。
どうやら、T.T.T.先生の視線の先を辿り、彼女が語りかけている相手を懸命に探している模様。
いや、誰も居ないから。居たとしても、普通は視えないお客様だから。
ともかくこの坊やの可愛らしい行動が、私の感動を良い具合にクールダウンしてくれた。

さて、この観劇で私の隣に座っていたのは、高等部の女生徒。彼女は昨年、卒業劇で「セロ弾きのゴーシュ」のカッコウ役を熱演した生徒である。昨年度は、そんな彼女演ずるカッコウ役に憧れたぴーぽこ。

「八年生になったら、カッコウの役をやりたい!」

と云っていたものだ。
今年は何をやりたがるだろうと思っていたら、「カンコ」の役。
あ~、確かに、「カンコ」と「カッコウ」は、なんとなく語感が似てるしね~、と思ったが、そんな駄洒落のような話ではない。

この劇内で、狐の学校に招待された「シロー」と「カンコ」の兄妹。狐の生徒達が演じる「やまなし」等を観ていた彼等は、自分達も劇を披露する事に。
ところが二人が始めた劇は、「セロ弾きのゴーシュ」の元に「幸福の王子」のツバメが訪れる、というもので、つまりはパロディ劇中劇である。
このツバメ役が、「カンコ」。

「だから、『カンコ』がやりたい」と、ぴーぽこ。

ツバメの役もやれるから!」

って、カッコウの次はツバメ、またかい!

今に「鳥人間コンテストに出たい」などと云い出すんじゃなかろうか。


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