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HOME>シュタイナー学校の子供たち

教科書も無いが、道徳の授業も無い

定期的に行われる「学習発表会」は、特に低学年の子供達には良い刺激になるようだ。
まず、高学年のお兄さん、お姉さん達に、憧れが生じる。

「あんなに上手にヴァイオリンが弾けるんだ!」
「オイリュトミーであんな風に動けるなんてすごい!」
「外国語で詩が朗読出来るんだ!」

そして、それが身近な目標になる。自分もあの学年になったら、ああいう事が出来るようになるんだ、と。

実際、ぴーぽこは、発表会の度に上級生の真似をしては、「早くあれがやりたい!」と、眼を輝かせている。
具体的な憧れ、目標の存在が身近にいる。子供達にとって、実に贅沢な環境ではないか。

さて、そんな発表会で、私にとって特に印象深い発表がある。
それはぴーぽこが新入学前の去年の事、現6年生が5年生の頃の発表であったと思う。

そもそも、シュタイナー学校には、教科書が無い。
それぞれの子供達の「エポックノート」が、そのまま世界で一つの教科書となるのだ。つまり、教科書を自分で作る。

なので当然、教科書に公式が予め載っている訳ではない。
では、子供達は公式を、いかにして学ぶか。その答えが、当時5年生の発表にある。

子供達は、まず、長い板を持ち出し、簡易なシーソーを作った。
それぞれの両端に、体重が違う子が乗り、釣り合う場所を探す。
そうして、

「私達は中心(支点)からの距離と重さとの間に、法則があるのを見付けました」

と、発表。なんですと?「てこの原理」を自ら発見したですと?キミらはアルキメデスかね?支点を与えれば、地球を動かしてみせるかね?エウレーカ!!

ここで実験が始まる。一人の子がシーソーの端に立ち、もう一端に他学年のカラヤン先生(仮名)に釣り合う位置を探して立って貰い、カラヤン先生の体重を当てる、と云うのだ。簡単に例えると、こういう事だ。

              ●            ○(30kg)
      _________________
              40cm △  80cm

この状態で釣り合っている時、●の重さを求めよ、と。
この場合は「支点からの距離×重さ=支点からの距離×重さ」なので、●をxとすると、

x=80×30÷40=60、●の重さは60kgとなる、のか?理数系は苦手なので確信は無いが、多分こうなる。

さて、では実際、カラヤン先生の体重は?
子供達、計算を始める。

で、発見した法則って?

それには一切触れないまま、計算する子供達。
そして、計算によって導かれた答えと、実際にカラヤン先生が体重計に乗って出た数値は、2kg程違った。
微妙ではある。が、誤差の範囲と云えなくはない。

が、子供達はこの結果に納得いかない面持ち。

で、キミらが発見した法則って?

それには一切触れぬまま、発表終了。
って、キミ達、折角キミらが発見した「法則」とやらを発表しなければ意味が無いでしょうに!

ともかく、子供達がこの様に、実際に体や道具を使い、教科書に頼らず皆で思考して公式を見付ける、というのは分かった。
公式をまず丸暗記する、という、我々がやらされていたやり方とは全く違う。

さて、この発表会の直後、新入学予定の父母の会で、当時5年生のこのクラス担任のフローレン先生(仮名)が、発表の舞台裏を話して下さった。

子供達は発表直後、早速自ら反省会を行ったそうだ。何故、2kgもの誤差が生じたかを検証し、計算において迷った末に切り捨てた小数点を、改めて切り捨てずに計算し直したところ、より正解に近い結果が出て、残念がっていたそうだ。
この向上心は素晴らしい。

また、何故、例の「法則」を発表しなかったのか。これを発表するか否かが、事前に話し合われたそうだ。
子供達が出した結論は、こうである。

「自分達がこの『法則』を今発表してしまえば、下の学年の子達がこの『法則』を発見する喜びを奪ってしまう事になる、だから発表しない」

なんですと!?意図的に発表しなかったんですと!?

子供達は勉強を「やらされている」のではなく、本当に「知る・発見する喜び」を持って勉学にいそしんでいる事を再認識する。同時に、その喜びを後輩の為に残しておく配慮まで身に付いているのだ。

私だったら鼻高々に、
「どうよ、この法則、うちらが発見したのよ、アルキメデスの再来よ、もっとうちらを尊敬しても宜しくてよハハァ~ン、エウレーカ!!」
てなもんである。

現在、ぴーぽこら1年生の掃除のお手伝いを、この当時の5年生、現6年生がしてくれている。
ぴーぽこは、6年生は皆、優しくしてくれる、と云う。
6年生に限らず、上級生は総じて下級生に優しい。先日などは休み時間に、7年生達が1年生を相手に鬼ごっこをしていた。皆、本当に楽しそうな様子で。

シュタイナー学校では教科書も無いが、「道徳の授業」も無い。
そんな授業をわざわざ設けずとも、日々の生活、授業、遊びを通して、「優しさ」は身に付く。
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コメント

今、5年生がやってる「歴史学」もすごいですよ。先史の伝説から始まり、文字に書かれた記録に移ってきました。
息子は「歴史って、たくさんあったことのほんの少しだけなんだよ」って哲学っぽいこと言ってるよ。
サンスクリット文字が気に入ったらしい。
うちの学校の月例祭はオイリュトミーとか劇とか楽器の演奏とかが中心であまり発表形式のものはないなー。
ちびたち一年生は授業の最初に唱える詩を暗唱したり、手遊びを発表したよ。
ちなみに五年生は「ラーマーヤナ」を暗唱したよ。
五年生ってそういう古典とかをやるのかな?

こっちも6年生がお世話係で、教室の掃除をしてくれるよ。
ちびたちはお掃除ごっことかやってる(笑)

暗唱
こちらの5年生はウパニッシャドより「神への祈りの言葉」を暗唱しました。
ラーマーヤナも面白そう!
もっと交流できたらいいな。
そうですね!
同じ中央線沿線だから、何か合同でできるといいですね!
>25さん
エポックノートとか見ると、「受験」という観点からだと「何やってんだか」って内容だよね。「凄いけど、試験に出ないだろ!」って。
でも、それが凄く面白そうなんだよね。自分もこういう切り口から入ってたら、もっと勉強好きになってただろうな。。
「たくさんあったことのほんの少し」、ほんの少しのどの部分をチョイスして、どう教えるか、そこでしょうね^^
サンスクリット文字は私も憧れたなぁ^^単純にデザインとして素敵だよね。

>あいぴょんぴょん
うちも以前は演奏とかが多かったな。ここ最近「学習」の発表が増えた気がする。
確か、どなたかが「折角深い学びをやっているのに、これでは芸術中心の学校と思われそうで勿体無い」という意味の事をおっしゃって、それで「学習」の要素も増やしたのかな、確か。
基本、シュタイナーという共通点があるから、発表会も大同小異かもね。

確かに折角だから交流を増やしたいよね^^
お互いにそれぞれの学校の個性を生かしつつね^^
そうですね。
何かできたらいいな。
私の息子はモルゲンランドや土曜教室の子がたくさん参加する夏のキャンプ「カシオペイア」に毎年参加していて、とっても楽しいようです。
最初の年は「ねぇお母さん、フォルメンやオイリュトミーを知ってる子がいっぱいいたんだよ!」って目を輝かせていました。
年に一度だけ会える友だちと「また来年!」って約束してるよ。
>25さん
こういう特殊な(^^;)学校に行ってると、学校外の友達がフォルメンやオイリュトミーを知ってるだけで嬉しいでしょうね^^
そういう交流の場がもっとあるといいね。
一年に一度でも、同じシュタイナー学校同士で交流を持ちたいですね^^

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