HOME>スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
HOME>シュタイナー学校の日常

冬の朝は、あたかも昭和

日本広しと云えども、平成の今日、教室の暖房器具が火鉢という学校も、そうはあるまい。
娘・ぴーぽこ(仮名)が通うシュタイナー学校の小学部の教室では、石油ストーブと併用して、火鉢を使っている。

・・・昭和?

これら火鉢は、学童サポートのカーリー先生(仮名)や、三年生の母、カン・ミヒさん(仮名:度々コメントを下さる『ミニョンの母』さん)のご実家等から寄付して頂いたものだ。春休み前の寒い期間、炭熾しの作業が学校の片隅で行われていた。

・・・昭和?


炭熾しの作業は、各学年の親達が交代で行うのだが、私は早いうちに炭熾しの手順を教わった事もあり、娘を送った後、特に予定が無ければ炭熾しの手伝いをする事にしていた。

「手伝い」と云えば聞こえがいいが、実は冷え性の指先を暖める、という下心もある。なにしろ毎年冬場はしもやけになるのだ。成人男子が、しもやけである。妻・みぽちに「子供か!?」と毎年大笑いされているのだ。「しもやけ」という響き自体、既に「昭和」の匂いがする。

さて、炭熾しは各学年の炭当番の親が集まり、焚火でいっぺんに炭を熾し、それを各学年で分配する。
炭熾しの場に行くと、毎日の様に見かける顔があった。
その一人は、件のカン・ミヒさんで、炭熾しの指導をなさっている。
彼女の炭熱は日々温度を増し、「何々の木の炭は匂いが良くない」とか「何々の炭は火の持ちが良い」等、物凄い勢いで炭マイスターの道を邁進していた。
仕舞いには「いつか自分達の手で炭焼きがしたい!」という、壮大なんだか地味なんだかよく分からない夢を語り出すに至った。

もう一人が、現・三年生父のうちさん(仮名)である。
彼は、何故かいつも居る。炭熾しをしている母達の少し後ろに、立っている。
初め、(この人は何故いるんだろう?)と謎だったのだが、うちさん曰く、

「カン・ミヒさんに『炭コーディネーターをやらないか』って、誘われたんです」

何だ、「炭コーディネーター」って。意味不明である。炭の何を、どうコーディネートすると云うのか?謎は深まるばかりである。

だが、うちさんは一見ただただ突っ立っているばかりに見えるが、密かに薪を割っていたり、後片付けの時の力仕事をさり気なくやって下さったりしていた。これが「炭コーディネーター」の業務なのかどうかは知らないが、こまめに働いているふりをしてその実、暖を取っている私とは対照的な仕事振りである。

ともかく、度々顔を出している私もいつの間にかカン・ミヒさんによって、いつの間にやら発足した「炭部」の部員の頭数にカウントされるに至った。

一連の作業が終わると、薪の消し炭を拾う。これを火鉢の炭の上に乗せておくと、火の持ちが良くなるのだ。
焼け残った炭を、お骨を骨壺に入れる様に拾って壺に仕舞うのだが、入り切れない炭は安全の為、水をかけ、埋める必要がある。
これが、勿体無い。
いや、冷静に考えると、単なる消し炭のカケラである。この現場をワンガリ・マータイさんが目撃したとしても、「モォッタイナイ!」とは云わない筈である。
が、この学校で生活していると、そんなものでも「勿体無い」と思ってしまう。

エポック授業が始まる八時半までに教室の火鉢に炭を入れ、後片付けを行う。これらの作業をしつつ、子供達の姿を観察するのも炭部の楽しみの一つである。

シュタイナー学校に限らず公立学校でも目にする光景だが、上級生が、低学年の教室のお掃除を手伝っている。

掃除が終わると、授業開始まで自由遊び。遠くで二、三年生達が一輪車に乗って鬼ごっこをしている。・・・昭和?

男子の多くは、各学年入り乱れて独楽回しに余念が無い。・・・昭和?

一年生達は、もうすぐ始まる一輪車に向けて、バランス感覚を養うべく竹馬に取り組んでいる。自慢げに竹馬を乗りこなしているのは、当時一年生の我が娘・ぴーぽこである。・・・昭和?


多目的に使用される「ゲル」(モンゴルのテントの様な住居)から、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の、ヴァイオリンを中心にした演奏が聞こえてくる。「田園」の生演奏を聞きつつ炭熾しをする、あまりにもハマりすぎである。
後で知ったが、この演奏は、当時の八年生達が小・中学部卒業記念劇での生演奏の練習だったのだ。

独楽や竹馬、一輪車や縄跳びなど、まるで昭和の様な遊びで、冷えた子供達の手を暖めるのがまた、昭和アイテムの火鉢なのである。
シュタイナーと火鉢は別段関係無いが、「自然のもの」を大事にするシュタイナーが火鉢の存在を知ったならば、きっと「ウンダバー!(ワンダホー)と喝采するに違いない。

ある朝、いつもの様に炭熾しをしていると、ぴーぽこのクラスメイト、ハーフの一里塚くん(仮名:当時一年生)が我々の前に現れた。
手に、氷のカケラを持っている。
この学校では園芸で色々な植物を育てているのだが、水栽培用のバケツに張った氷を、彼は食うのだ。この行動、まさに昭和の申し子である。
この日もあまり衛生的とは云えない氷をカチワリの様にポリポリ食いつつ、我々の様子を観察していた一里塚くん、だしぬけに流暢な日本語で、

「遊んでンなァ!?」

遊んでない、遊んでない!これも「炭熾し」という立派な仕事の一つである。

だが、談笑しつつ炭熾しをしている我々の姿が、子供の目に焚火を楽しんでいる様に見えるのは尤もではある。
良いではないか。大人が楽しそうに働いている姿を子供達に見せる方が、眉間に皺を寄せて働く姿より、ずっと良い。

ただ、一里塚くんよ、肝に銘じておくがよい。
我々は一見遊んでいるように見えるかも知れないが、オノレのその氷で冷えた手を暖める為に働いてるんだっての!

※過去記事「カッコウに憧れて」参照


ブログランキング
乙女への励まし代わりに↓をクリックσ.σ
     
にほんブログ村 教育ブログへ
こちらも↓
b_04.gif

スポンサーサイト

この記事のトラックバックURL

http://akiotome.blog123.fc2.com/tb.php/33-920e12c4

コメント

別世界ですな
カン ミヒです。ピアノは弾けません。
いやいや、うちさんは実は真の炭部長なのではないかと!だって家に火鉢もっててさ、彼こそどの炭がどんな感じか実際に試してるからさ。ファイヤーキーパーの腕も確かです。熾した炭を火鉢に入れてもらって、確認にいったところ、「、、、、この炭の置き方。こいつはただ者ではない!」と感じましたね。
冬の間火鉢に入れていた竹炭ですが、大量にあるので、父親バーベキューの燃料にも使われますよ!楽しみだね、バーベキュー。
成人する頃までは昭和でしたけど
火鉢に火が入ってるの見たことないですw。
ばあちゃんちの土間の片隅に置かれてたのは
なんとなく覚えてますけどねぇw。

大正???
昭和30年代
昭和30年代みたいってよく言われてますね。テレビ見ないゲームしない子どもたちだもんね。
うちの息子は北海道の開拓の村の「昔の遊び体験コーナー」で、竹馬で走って「あの子すごい~」と注目を集め、独楽回しで空中手のせとかいろいろしてたらまたまた「あの子すごい~」とと賞賛され、
「器用だね~」
「運動神経抜群だね~」
と評されてました。
でも息子がこの学校に編入した当初いかに不器用で運動音痴だったことか。

毎日の遊びの中でいろんなことが楽しくできるようになるんだよね。

漫画読みました!
想像していたよりもはるかにに面白くなってた。島津の殿様からめることで厚みが増しましたね。さすがプロだな~。
>カン・ミヒさんいやさミニョンの母さん
彼がそれ程の炭マイスターだったとは!それを見抜く貴女も流石!武芸の達人同士が相手の挙措を見て「こやつ・・・できる!」そんな感じですね^^
バーベQ、参加したいな~とは思っているのですが、私は「お父さんチーム」として参加すべき?σ.σ

>ちゃい蔵さん
そうか、昭和を飛び越して、「大正」だったか^^;
うちのおばぁちゃんとこにも火鉢あった気がします。種子島といえども冬はそこそこは寒いので。
平成の今、炭熾しする事があろうとは思いませんでしたよ^^;良い経験です^^

>25さん
このG.W.中に実家から母が来て、一緒に立川で七頭舞観たんですが、高等部の子達を見た母も同じ事を云ってましたね^^;、良い意味で、昔の田舎の子供達みたいだ、と^^;母も昔の田舎育ちなので、同じ匂いを感じたのでしょうか^^
お子さん、元は不器用で運動音痴だったんですか~。それでも独楽や竹馬はおろか、一輪車ジャグリングとかまで出来るようになるなんて凄いなぁ。
いつも漫画読んで下さって有難う~^^お借りした國廣像の写真、活用させて頂きましたよσ.σ

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

  Template Designed by めもらんだむ RSS

special thanks: Sky Ruins, web*citronDW99 : aqua_3cpl Customized Version】


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。