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インコの様に、育児

サザナミインコの「るーたん」(本名はセラフィー)が我が家の一員になってから、二ヶ月経つ。

セラフィ 005 @
詳しくは妻・みぽちのブログ「コトリマンガ。」

あるインコの飼い方の本によると、インコは歌ってあげると喜ぶ、特に歌にインコの名前を織り込んで歌うと、更に嬉しがるそうだ。

・・・なんですと?

早速試してみる。手乗りのるーたん、後頭部を掻いてやると気持ち良さそうに顔の羽毛を膨らます(インコが心地良い時の行動)
そこで、二年生の娘・ぴーぽこ(仮名)が、学校のリズムの時間に習った「ブルッキーのひつじ」の歌を歌ってみた。元は、

「♪みみのうしろをかいてやる こひつじはいった めぇめぇめぇ」

という歌詞。それを替え歌で、

「♪み~み~の~うしろ~を~ か~いてやる~
るーたんは~いった~ きゅー~きゅーきゅー」


と歌いつつ掻いてやっているうち、今ではこう歌うだけで顔の羽毛を膨らませ、頭を「掻いて」と云わんばかりに差し出すようになった。
「ただの条件反射」とも思えるが、時々甘えたい気分ではない時は、逃げる。この事からもパブロフの犬的な、単純な「条件反射」ではない事が分かる。

思えば、鳥は言語的な「歌」を獲得した生き物である。
美しい鳴き声は勿論歌のようだが、あまり美しくない声であっても、一定のリズムに則っている。つまり、音楽的と云える。

無論、虫や蛙の鳴き声も音楽的ではある。が、それは「言語的」ではない。
勿論「言語的」な一面もある。そうでなければ鳴く意味が無いからだ。
虫の言語は概ね2、3種類だ。縄張りを示す為や、餌場を知らせる為であるが、最も大きい理由は、「求愛」である。つまり彼等は、

「モテたいっす~、ヤリたいっす~」

という思いを歌に託しているのだ。・・・って、下世話過ぎるっての。彼等にとっては自らの遺伝子を残せるか残せないか、切実な問題なのだ。

蛙も主に「求愛」の為に鳴くが、「解除コール」というのもある。蛙なのに「帰るコール」じゃなくて「解除コール」って。
これは、あるオスが別のオスをメスと勘違いして抱き付いて来た時、

「俺は男だ!」

と、森田健作ばりに宣言する鳴き声の事だ。間違えた蛙は速やかに離れる。交尾が切実なのは蛙とて同様なので、間違っても「いいや、この際、お前の尻を貸せ」という事は起こり得ない。

これらが何故、厳密には「言語的」と云えないのかと云うと、虫にせよ蛙にせよ、鳴くのは基本的にオスだけだからだ。つまり一固体による一方的なアピールや通告であって、その種全体のコミュニケーションをとるものではないのだ。

その点、鳥は雌雄に関わらずに鳴く。また、虫や蛙の様な個的なアピールに加え、外的の襲来や点呼といった、仲間社会に向けての鳴き声を上げる種もあるし、喜怒哀楽を表現する種さえある。鳴き声によって、その種全体で意思を伝え合う。ここで、「言語的」要素が凝縮されたと云えるのではないか。

また、虫は、厳密には「鳴く」というより「鳴らす」のだ。その意味では「歌」というより楽器の「演奏」と云えよう。蛙は声帯と器官(喉袋や頬袋)を同時に使う。
鳥に至って、声帯を使い、呼吸と共に、人間のように「歌える」ようになった。

さて、最近オイリュトミー教師の風姿花伝先生(仮名)から、興味深い話を伺った。
低学年以下の子供には、歌うように話すとよい、との事。

・・・なんですと?・・・インコと同じ!?

だが、確かに思い当たる。例えばぴーぽこに、
「ちゃんと片付けてって云ったじゃん!」
等と感情的に注意したり、ましてや子供相手に説教しても不毛なだけであった。が、歌いつつ促したところ、お互いに良い結果が得られたことが、何度もあったからだ。

私:「♪ぴーぽこさん」

ぴ:「♪な~ぁ~に?」

私:「♪おっ片っ付け」

ぴ:「♪は~ぁ~い」

といった塩梅に。

風姿花伝先生によると、シュタイナー教育で云うところのルビコン世代、九歳頃までの子供は、こうした呼びかけに反応するそうだ。

何故か。

理由を書くと長くなるし、私自身人智学の門前の小僧風情、その理由を正しく把握しているかは疑問である。
ただ、上記のように、蛙や、一部の虫はリズミカルな音響を有している。鳥は、声帯の発達により歌うことを獲得し、それによってコミュニケーションのバリエーションを広げた。

人間はどうだっただろう。「言語」を獲得する前の人間は、どのようにして他者と意思の疎通をはかっていたのだろうか。この問いに、秘密が隠されているだろう。

実際、音楽やリズムは人間にとって心地良い。寝ぐずりで泣く赤子に、
「寝なさい、人間、特にあなたのような乳幼児には殊更に、睡眠が必要なのです」
と語ったところで、相手はまだ言葉を獲得していない赤ん坊、「はい、そうですか」と眠りはしない。
が、胸などを優しく、リズミカルに叩きつつ、子守唄を歌えばどうだろう。他の理由で泣いているのでない限り、やがて落ち着き、眠り出すだろう。

また、「歌うように話す」という風姿花伝先生の言葉で、思い出される事がある。ぴーぽこがかつて通っていたシュタイナー系幼稚園での事だ。
送り迎えや、親参加のイベント等で、度々目にした光景。

子供達が、ざわついている。さて、先生のお話が始まる。
そんな時、先生達は、決して大きくはない声・・・ざわついている子供達が、よく聴き取れるな、といった程度の声で、

「♪こっどもったち」

と、鳥がさえずるように歌いかける。すると、それまで銘々騒いでいた子供達が、一斉に

「♪は~ぁ~い」

と、先生に向き直り、静かに先生の言葉に耳を傾けるではないか。それも、訓練といった風ではなく、ごくごく自然に。
幼い子供にとっては、ただの「言語」よりリズムにのった言語~「歌」~の方が、浸透しやすいのであろう。

あるお父さんが、先生のこうしたやり方に感銘を受け、遊びに来た園児達にこれを試していた。大柄な彼は、子供達の相手をしつつ、渋い低音で、

「♪こっどもったちっ」

とやった。子供達は笑いつつ、からかう様に、

「♪云っわなっいよっ」

と答えた。
子供達が「♪は~ぁ~い」と答えなかったのは、付け焼刃だからでも、歌声が低音だからでもない。
そもそも、彼の試みは、成功を収めているのだ。
何故なら、当の子供達自身気付いていないのだろうが、

「♪云っわなっいよっ」

って、しっかりリズムに乗って返事してるっての。


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コメント

一目で恋に落ちました・・・。

か、かわいい・・・るーたん・・・。

うー、いいなぁぁぁぁ。
こーどもーたちー♪
いや、無意識に言ってますね、これwやっぱ10年も幼稚園にいると自然に身につくのか・・・?
おやまのおまつりで、ついマイクで「こーどもたちっ♪」ってやったら、すかさず「なーあーにー♪」ってかなりの数のこどもたちが答えてくれましたよ。お昼休みで遊び回ってるときだったのにね。
やっぱり歌いかけられるのってあれくらいの年齢の子供達にはすんなり受け入れられるのね。よし、今度9歳前の3号にも試してみよう・・・
いや、もしかしたら2号あたりにも通用するかもww
るーたん、かわいいね。みほちの4コマもおもしろいw~♪
なんと美しいインコ!ここまでとは!
そしてちゃんと育児に戻るところがさすが!
うちの子も「魔法」とかそういうの好きだからこういう夢のような鳥さん、飼いたがるやろうなあ。
>ちゃい蔵さん
詳細はミクシィのレス通り。オススメですよ~σ.σ

>わにこさん
良い習慣が身に付いてますねぇ^^それにしても10年・・・。もはや幼稚園のヌシ?^^
風姿花伝先生によると、ルビコン(9歳)以上でも、子供によっては喜ぶそうですよ。2号くんは普通に喜びそうだけど^^何か面白いリアクションがあったら教えて~。。
1号さんは流石にもう無理かな?思春期ですものねぇ。。1号さんに初めて会った時はまだ9歳だったのに・・・月日は早い!
みほちも度々更新してるから、また読んで~^^

>ミニョンの母さん
実物はもう少し青みがかってます。色も種類があって、うちのは「ブルー」です。他に、もっと青い「コバルト」などもいて、そのインコも美しいですよ~。
こっち方面に来ることがあったら、是非立ち寄って実物見て~。。モニカちゃんも気に入ると思うよ~^^
そっか、歌うようにね♪ では、まずボイストレーニングから…。w
ちょっち恥ずかしいなり。
そうなんですね
なるほどです。yahooからきました。コメントさせて頂きました。
>もんちゃん
ボイトレから^^;
シュタイナー教育では、立派な音楽のCDを聴かせるより、下手でもいいからお母さんの歌を聴かせる方が良い、との事なので、そう力まずに^^
因みに、本文中で「♪云っわなっいよっ」と歌っていたのは、ぴーぽことお宅の娘さんだったりする^^

>-さん
コメント有難う御座います~。是非またいらして下さいませ~σ.σ
鳥の声
(時差コメントで申し訳ありません。)
googleから「ボイストレーニング」「シュタイナー」でお邪魔させていただきました。(「アンカヴァリングヴォイス」の情報を調べていました。)
湖のような深い翠色の翼の美しい「るーたん」の姿に瞬時に心を奪われてしまいました。

鳥の声、鳥が何故鳴くのか、生物の鳴き声はなんのためな、シュタイナー博士はとても興味深いお話をされているみたいです。
「遺伝子を残すため」というのは、あるひとつの観点からは確かに正しいと言えるかもしれないけれど、でも、もしかしたら全く別の見方もあるのかも、と考えてみると世界はまたひとつ広がるのかもしれない、というのも、人智学のひとつの大きな魅力だと思っています。
さらに、「そうか!」と思った、その見方よりもまた別の見方もまたあるのかもしれない・・・と続くのかもしれません。
(遺伝子を残すため、の次には、ではなぜ、遺伝子を残そうとするのか?という問いが続く・・)

鳥について、シュタイナー博士はものすごく面白くて興味深いことを講演の中で言っていたと思います。
幼い子が鳥のような声に反応し、鳥のように軽やかに歩くこと、子どものことをより深く理解するためのヒントにもなりそうです。
toposさんのサイトとかで探せるのではないかと思います。

私も、るーたんの美姿に、大好きな鳥への関心をまたあらためて思い出して、今日は鳥に想いをはせたい気分になりました。
ありがとうございます。
>ぷらてぃさん
御来訪有難うございます。。「時差」とか一切気にしないのでお気遣いなく~。
従来の進化論の観点からではなく、人智学の観点に立てば、生き物の鳴き声ひとつ取っても全く違ったアプローチになり、確かに世界が広がるでしょうね・・・。
蛙や虫が鳴くのは「種の保存」と結論付けてみましたが、そこは私の物質的思考の限界であり、彼等の鳴き声は、その背後にあるなにかの開示にすぎないのではないか、と漠然と思っています。
残念ながら私の思考はまだ感覚的領域に止まっているので、彼等が何を開示しているのか、というところまでは到達出来ていませんが^^;

シュタイナーが動物についてどう述べているか、とても興味を持っているのですが、今のところカール・ケーニッヒの「動物の本質」しか読めてません^^;
「toposさんのサイト」、探してみようと思います。情報有難うございました~^^
そういえば、シュタイナーが鳥と妖精・シルフの関係について述べているのを読んだ事があります。るーたんと接する時、シルフに思いを馳せたりもしています^^

ぷらてぃさんも鳥がお好きなのですね。本文中にアドレスを貼ってある妻のコトリブログも、宜しかったら覗いて下さいませ。
ところでぷらてぃさんのお名前は、熱帯魚の「プラティ」に由来しているのでしょうか?うちにはプラティはいませんが、数種の熱帯魚も暮らしていますよ^^
ぷらてぃ
あ、そうです。
ぷらてぃを頂いて飼い始めたばかりなのでした。
可愛い名前だなあ、と。

動物全部、大好きです。
ご存知かもしれませんが、アントロ系の動物もので、「動物の心がわかる本」は、とっても楽しい本です。
装丁も可愛くて、動物占い!付きです。
著者が自分はシュタイナーと関係あるとしているので、アントロ業界?からはいろいろな声もあるようですが。

「遺伝子を残すための生存競争」という理論は、最先端の学説では否定されはじめているそうです。生物は決して競争してきたわけではない、と。(ええ話や・・・。)
ちなみに、石が外界から影響を受けるということ(人の感情を吸収する等)ついては、一部の最先端の科学業界ではとっくの昔に常識となっていると科学者から聞いたことがあります。
こうやって、シュタイナーの科学に時代がやっと追いつきそうな気配を見せているものも結構あるみたいで面白いですね。
コトリブログ
P.S.になってしまって申し訳有りません。
拝見させていただいておりました。
最高にうけて、沢山クリックしました。

ケーニッヒ博士、尊敬&敬愛しております。
でも、「動物の本質」を完読出来る日はまだ遠い・・・
>ぷらてぃさん
私も大分前ですが、プラティ飼ってたことあります~。可愛いですよね、プラティ自身も、名前も^^

「動物の心がわかる本」、タイトルはなんとなく覚えがありましたが、アントロ系とは知りませんでした^^;
気になったので、早速図書館や本屋で探したのですが、見付からず(--;
検索してレビュー等読んでみたところ、どうも私が気になっていたけどシュタイナーは言明していないっぽい事に関しても記述していそうな匂いが・・・。(シュタイナー原理主義者だと受け入れられなさそうでもありますが^^;)
シュタイナーはそうは云っていないけど、実はこうなんじゃないか、との私の問いに答えてくれそうな本では、と感じました。
いよいよ面白そうだと思い、近く購入して読んでみようと思っています。教えて下さって有難うございます~^^

これまで観た動物のドキュメント番組やらライオンの子殺し等を根拠に語られる「生存競争」の説が、当然の様に染み付いていましたが、「生物は競争してきたわけではない」というのは確かにええ話です~。。第一、自分の遺伝子のみに固着する、というのは、シュタイナーが述べる、「種全体で共有する自我」にも矛盾するのでは、と、最近感じていたのです。

石について、人間のみならず妖精や天使の感情も吸収することまで科学的常識になったら素敵ですねぇ^^例え「一部の」科学者の中であったとしても・・・。。

妻のブログも愛読下さり有難うございます~^^たまに私も登場してますが、実物の私はもっと美しいですσ.σ(自称)

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