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HOME>シュタイナー学校の子供たち

最後の取り組み

「最後の取り組み」って、あたかも引退力士の千秋楽の様だが、そうではない。

この度、娘が通うシュタイナー学校から、初の卒業生が出る。彼ら十二年生の、卒業前の最後の大きな取り組みとして、彼らによる演劇の発表会が行われたのだ。

この記事を書くにあたり、パンフレットに書かれた十二年生担任・風姿花伝先生(仮名)の文章を一部抜粋して良いか伺ったところ、快諾下さった挙句、
「彼等にインタビューしますか?」
との御提案。流石にこんな得体の知れないブログの為にそこまでは、と気が引けたが、折角の好機、お言葉に甘えさせて頂く事に。

さて、劇のタイトルは「偽のプリマドンナ」、ボイエルレ作の、ウィーンの民衆劇である。
粗筋は、老いた権力者がのさばる中世・ウィーンで、俳優の若者がプリマドンナに変装して権力者たちを翻弄し、軍司令官と結婚させられかけていた恋人を取り戻すという、痛快な物語。

結構長い劇で、途中幕が閉じられたと思うや、十二年生・母のジーナさん(仮名)が壇上に上がり、

「10分間休憩です」

って、「七人の侍」か!?

ともかく、それ程の大作を、彼等は演じきった。

シュタイナー学校では、高等部前の八年生でも、区切りとして演劇の発表を行う。その時と今回との違いを、生徒達に聞いてみた。要約すると、以下の様な意見。

・八年生の頃は照れがあったが、今回はのびのびと出来た。
・前は自分の台詞を云うだけで精一杯だったが、今回は相手の演者との間の取り方なども意識しつつ演じられた。
・台詞を云いながらの所作が、一連の流れの中で、自然に表現出来た。

八年生といえば思春期の最中。やっと「アストラル体」が自由な活動を始める頃である。
自分の内に向いていた視点が、「自我」が目覚める十二年生において、自分や他者、舞台の間などを客観的視点で捉えるようになった、と云えるのではないだろうか。

また、八年生の頃は学校の、決して広くはないホールが舞台だったが、今回は市民ホールを借りての本格的な舞台、それによって落ち着いて演じられたとの意見も。
生徒達同様、学校そのものも成長しているとの実感も得られたのではないだろうか。

高等部から編入のステッグくん(仮名)は、演劇は初めてで、それだけに特に意欲的だった様子。主演の、「女装する俳優」という難しい役を見事に演じた。演出のアカヒメクマタカ先生(仮名)による、「女性より女性らしく!」との演技指導を特に意識したそうだ。

また、逆に「男装する女性」という、これも難しい役を演じてのけたバジルさん、一人二役に挑戦し、見事に演じ分けたリコリスさん、本人とは真逆のキャラを違和感無く表現した白波くん、発声や振り付けなどにこだわりの演技を見せたロッキーチャックくん(いずれも仮名)、それぞれ上記の点が難しかった、または特に意識して演じたそうだ。

さて、劇や映画などで「友情出演」というロールを目にするが、これは役者がスタッフや俳優と懇意で、安いギャラまたはノーギャラで出演した場合に用いられる。
が、この劇の「友情出演」は、文字通りの「友情出演」である。十二年生以外の高等部の生徒全員が、「友情出演」として参加しているのだ。

なにしろ十二年生は五人、一人が二役以上やったとしても限界があり、下の学年に出演協力をお願いしているうちに、結局高等部総出演の壮大な舞台となったのだそうだ。
十二年生は勿論、高等部の生徒達にとっても、この学年を超えての取り組みは、大きな感動をもたらした様だ。

それぞれの演技も勿論だが、最後の出演者全員による合唱に至ってはもう言葉で云い尽くせぬ感動であった。
「演劇部」でも「合唱部」でもない生徒達がこの舞台を作り上げたのかと思うと、改めてシュタイナー教育の奥深さに瞠目した。(念の為、この教育は決して芸術偏重ではない。彼等は確かな学力をも身に付けている)

こうした上級生の舞台を、下級生は一年生に至るまで引き込まれるように、大笑いしながら観劇していた。子供達も高等部の生徒達のこうした姿を間近に見て、憧れ、いずれ成長したら今度は自分達が舞台に立ち、下級生達の見本になってゆくのだろう。

さて、何故シュタイナー教育では、折に触れて演劇に取り組むのか。
ここで、冒頭に触れた風姿花伝先生の文章の一部を抜粋しよう。

「他の人間を演ずるプロセスの中で、生徒は自分自身を客観的に取り組むことになるからです。他の人間になることで外側から自分を見つめているのです。自分の中から出ていくことは、自己認識を得る道だという教育的観点から、演劇が取り組まれています。この意味においてもシュタイナー教育は卒業していく若者たちが、最後の大きなプロジェクトを通して、新しい世界へ向かってしっかりと歩んでいく、個としての人間の成長を願っているのです。」

十二年生といえば、つまり高三。私が高三の頃は、「個」の育成どころか、受験一色。周囲はライバルを通り越してむしろ「敵」、といった風潮であった。
この年代で仲間たちと演劇に取り組むなど、なんと贅沢な体験だろう。

この劇は、生徒達で話し合って演目を決めたそうだ。
ただ、主役が「女装」するということで、男子達は当初難色を示していたという。

パンフレットの表紙のコピーに曰く、

「愛する女性のためなら 女装だってできる!」

私なんぞは「愛する女性」のためでも何でもなく、単にミクシィのトップ画像に貼るだけのために女装しましたが何か。

あきナース

~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~

★コメントの表示を承認制にしましたので、反映に時間がかかる事があります。御了承下さい。

廉価本「豊臣秀吉勇将録」(リイド社)に、「脇坂安治」「播磨軍記」の2編収録。
どうぞ御一読下さい。


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コメント

おちフォトですんごく笑ってしまいました。本題ぶっとびました。
息子の学年は人数多いので三人一役くらいになんのかなぁー。馬の前足とかだったら笑うなー。
すばらしかったですよ
数日、頭がぼーっとしてましたね。
最後のコーラスもなけましたなあ。
あの、正体を明かすところ、やんやですよ、ほんとに「え?ばらしちゃうの?ほんと?ほんと?」ってどきどきしました。さわやかですかんと抜けるような明るさの劇でした。
私も女装したくなりましたよ、うん。
>うちさん
フォトは笑うところじゃないです、見惚れるところですσ.σ
今後どんどん一学年の人数も増えてゆくので、演劇も層が厚くなりそうですね^^
そうか、息子さんの学年、高等部全員より人数が多いんですね^^;「水滸伝」あたりでもやれそうな勢い^^

>ミニョンの母さん
カタルシスたっぷりの舞台でしたねぇ。。
また、この演目をチョイスした生徒の眼力も大したものですよ。日本ではそんなにメジャーなものではないのに、よく見付けてきたものです。
>女装って^^;貴女の場合は普通に「コスプレ」なのでは^^

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