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子供に語る比喩の実践

「赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」
という幼児の問いに、
「それはね、お父さんの怒張した×××が、お母さんの…」
などと、幼児相手に性描写を始める馬鹿は居るまい。
子供の年齢に相応しい「比喩」という名のヴェールに包んで話す筈である。
古典的だが、「コウノトリが運んでくる」というのは、単にお茶を濁して誤魔化す為の方便ではない。素晴らしい比喩なのだ。空と地上を結ぶ存在に伴われ、子供の魂が両親の許にやって来るイメージなのだそうだ。

前回の記事・「イメージと比喩とメルヘンと」とも関連するが、子供の素朴な問いかけや、四季の自然の移り変わり等を、比喩を通してイメージ豊かに子供に語り聞かせるのは、子供にとって良い作用を及ぼすそうだ。

では具体的にどの様に話すのか、オイリュトミー教師の風姿花伝先生(仮名)から学んだ事の一部をシェアしたい。

まず、実例として、私が娘・ぴーぽこ(仮名)に語ったお話、風姿花伝先生にお褒め頂いた事に気を良くしたので、ここに紹介しよう。
早い話が、自画自賛である。

「彼岸花」
「ふかふかとした土にくるまれていた彼岸花が、花を咲かせる頃になりました。
彼岸花は一刻も早く神様に会いたくて、空に向かって真っすぐにするすると伸びて、蝶々のような形の、赤々とした花を、ぱらりと咲かせました。
ところが彼岸花は、あんまり早く神様に会おうとしたもので、葉っぱを付けるのを忘れてしまいました。
天使は彼岸花にやさしく云いました。
『あなたは、あなたをつつんでくれている大地にも感謝をしなければなりませんよ』
そこで彼岸花は、花が枯れた後、細長い葉っぱをわさわさと伸ばし、寒い冬の間、その青々とした葉っぱで大地を優しくくるんだのでした」


ぴーぽこは意外な程興味深げに聞いていた。聞き終わると、
「それ、お父さんが考えた話?」
と質問してきたので、こう答えた。

「ううん。彼岸花に教えて貰ったの」

パラケルススじゃあるまいし、私には植物の話を聞くことは出来ない。が、仮に聞けたとして、彼岸花は上記の話と当たらずとも遠からずな事を語ってくれるのではないかと思う。

私の答えを聞いたぴーぽこ、訝しそうな表情を浮かべ、

「…お父さんが考えた話か」

いやだから彼岸花に聞いたんだって。まぁ、ルビコン世代のリアクションはこんなものだろう。

風姿花伝先生は、こうした季節のメルヘンの例として、柿の話をして下さった。
葉が散っても実は落ちない柿は、顔を真っ赤にして落ちないように頑張っている、といった内容で、口を「へ」の字に結んだ表情を作りながら語られた。

素敵な話だと思ったので、軽くパクってというか、参考にして自分なりに話を広げ、ぴーぽこに語ってみた。
はじめは青かった柿。自分も近くの栗の実のように、地面に落ちるんじゃないかとおどおどしていたが、一念発起して秋風が吹く中頑張っているうちに赤くなった、という物語。
話しているうちに、興味深い事が起きた。
柿が一念発起する場面。聞いていたぴーぽこは、柿の気持ちになって、

「ようし!ぼくは、風なんかに負けないぞ!」

と台詞を云った。これが、直後に私が云おうと頭の中で用意していた台詞と、一言一句違わず同じだったのだ。
尤も凝った云い回しでもないし、話の流れからもこうした台詞が出て来ても不思議ではないが、あたかもテレパシーの様に、私がイメージしていた台詞を、内容から間の取り方、口調まで一致させて再現された事に、少なからず驚いた。

そして、私も風姿花伝先生を真似て、口を「へ」の字に結び、頑張っている表情を作る。
これがぴーぽこの気に入ったらしく、以来柿を見る度この表情を浮かべるようになった。面白い事に、木に生っている柿に限る。収穫され、店頭に並んでいる柿は普通にスルー。

他にも、こんな話を考えてみた。

「銀杏さんと楓さんは、桜さんが羨ましくて仕方ありませんでした。何故って、桜さんは春になると、赤ちゃんの肌の様な薄桃色の花をふくふくと満開にして、お空の神様に見せてあげているのです。
それなのに、銀杏さんも楓さんも、ちっぽけな花しか咲かすことが出来ません。
『私たちも、桜さんのように、枝中を綺麗な色で飾って、神様に見せてあげたいなぁ』
それを聞いたお日さまは、自分の色を少しだけこれらの木たちにプレゼントしてあげました。
それから秋になると、銀杏さんはお日さまのキラキラ輝く金色に、楓さんは朝日や夕日の燃えるような真っ赤な色に、葉っぱの色が染まるようになったのです。
幸せな気持ちに包まれた銀杏さんと楓さんは、それまでみすぼらしいと思っていた自分の花が好きになりました」


また、同じ銀杏を扱うのでも、親仲間のジーナさん(仮名)は、「お日様の光が届きにくくなる秋、銀杏は自ら輝きだして、金色に染まった」といった内容のお話をされていた。とても素敵なお話ではないか。

風姿花伝先生によると、こうした話は短いほど良く、また、形容詞や擬声語をふんだんに使うと子供は喜ぶそうだ。現にぴーぽこも、上記「彼岸花」の、「するすると」や「ぱらりと」等の擬声語のくだりで、一段と瞳を輝かせていた。

パラケルススや、ましてやシュタイナーの如く超感覚的洞察力を持たぬ我々は、日常の中では思考を通して自然摂理の秘密を探求するしかない。自然の不思議さ、面白さに感動のまなざしを向けて考えてみると良いだろう。
「ひまわりはお日様が大好きなんだよ」「稲が大地に『ありがとう』ってお辞儀してるね」
例えばこんなシンプルな話でも良いと思う。馴れてくると話が膨らんでゆくだろう。
そのうち、自然が自らその秘密を語ってくれる日が来るかも知れない。

こうした事には馴れが必要で、こちらが予め用意していた話などはともかく、子供から不意打ちの如く発せられる問いに対して、いかに臨機応変に対応できるかといったアドリブ能力を、シュタイナー学校の教師は日々問われているそうだ。改めて先生達に頭が下がる思いである。

馴れないうちは、なかなか上手く行かない。私も以前、こんな事があった。
「海の水からどうやって塩ができるの?」とのぴーぽこの問いに対する私の答え。

「海の水を汲んで熱くすると、水の妖精・ウンディーネがだんだんどこかへ行ってしまうの。そして残された『辛いもの』が、今度は土の妖精・グノームに固められて…」

…話がが迷走してるっての。

狐につままれたような面持ちで聞いていたぴーぽこ、ぽつりと、

「・・・よく分かんないや」

…ごもっとも。


~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~

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コメント

順調ですねえ
必ず下から始まるお約束なんでしょうか、、。
そういうたとえ話、できるのはさすがクリエイティブなお仕事されているあき乙女さんならでは。私なんかいつも恥ずかしくて、「そんな投げつけたら鞄さん、痛いっていってるよ!」とかそれくらいなんですよー。それも最近眉毛が吊り上がっている息子にバカにされまいかと、、、。お姉ちゃんがうまく載せてくれますがね。
>ミニョンの母さん
いかに客観的になれるか、それには恥ずかしがってる場合じゃな~い!^^
まだ小さいうちは自分と周囲が繋がってるから、いいんじゃないですか、「鞄さん、痛いっていってるよ!」って^^
私、子供の頃怒って鉛筆を真っ二つに折っちゃって。直後冷静になって、「鉛筆さんに可哀想な事をしてしまった」、って泣いた事ありましたよ~。
自我が広がってる子供にとっては、鞄も鉛筆も、ただの「物質」ではないんだね~。。

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