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HOME>シュタイナーの「4っつの気質」

織田信長と胆汁質

以前、ごく大雑把に、シュタイナーの「4っつの気質」について記事にした。今回は、やや掘り下げてみよう。
「育児」という観点からは、幾つかの名著が既に刊行されているので、私なりの見解で、日本史上で有名な人物を取り上げ、気質を把握する練習としたい。
とかく「ちんぽ」だの「金玉」だの下ネタに走りがちな当ブログだが、私の本業は歴史・時代劇漫画家である。少しはオリコウな一面も垣間見させておこうといった寸法だ。
・・・まぁ、そんなこと云ってる時点で、ちっともオリコウではないのだが。

さて、「織田信長」という人物は、「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」や、「桶狭間の奇襲」といった、胆汁質のイメージが先行しがちだが、多血質・粘液質・憂鬱質も多分に有した「4っつの気質」の見本市の様な人物である。が、「歴史の中の織田信長」としての役割を鑑みて、やはり従来のイメージ通り、「胆汁質」の要素を取り上げて述べる。

信長は赤ん坊の頃から癇の強い子で、授乳しようとする乳母の乳首を次々に食い破ったそうだ。まだ歯も生えていないくせに、この激しさはどうだろう。まさに胆汁質の申し子である。ナチュラル・ボーン・胆汁質!

ところが信長、家臣の池田恒興(つねおき)の母(養徳院)の乳だけは、大人しく飲んだ。他の乳は駄目、養徳院の乳限定である。黄レンジャーがのべつカレーばかり食っているように、気に入ったものだけを飽きずに延々口にする。
興味深いのは、これが「胆汁質」の対極である「粘液質」の要素である、という事だ。

ここが「気質」の複雑で面白いところだ。つまり信長は、粘液質の穏やかさを持ってはいるのだが、満足するものが得られるまでは胆汁質の激しさで自己表現をしていたのだ。

逆の場合もある。それまで物事に無関心(粘液質の要素)だった子供が、ひとたび自分の内面から結び付き得る遊び等に出会った途端、生き生きと活発になる、という例だ。シュタイナー学校教師のハイデブラントは、これを「眠れる胆汁質」と表現している。
前記の信長の例は、さしずめ「眠れる粘液質」と呼べるかもしれない。
こうした視点は、育児において、子供を理解する上でも役に立つだろう。

やがて信長十六歳の時、父・信秀が病死した。この葬儀の場面は有名である。
髪は茶筅髷、刀を藁縄で縛り、袴すら穿いていない。今で云えば、喪主が茶パツでジーンズ、なんだったら短パン姿で葬式に出るようなものだ。
その珍妙ないでたちで焼香に立ち、抹香をひっつかんで仏前に投げ付けたのだ。
彼が父の死に対してどの様な感情を抱いたのかは解らないが、こうした、意思が手足からほとばしり出る様な行動は、胆汁質の典型である。

教科書に載っている彼の業績、例えば鉄砲や楽市楽座に注目したり、キリスト教の庇護や南蛮文化を取り入れるといった、所謂新しい物好きは、どちらかというと好奇心旺盛な多血質の要素である。
歴史の上で大切なのは、彼がそれらを次々に実行に移した、という点である。意思に貫かれた行動力は、胆汁質の大いなる特徴だ。

また、正義感の強さも胆汁質の特徴である。
それが良く作用して、領国の治安を維持もしたが、悪く作用して、比叡山の焼き討ちといった結果も招いた。

胆汁質の怒りはしばしば火山の噴火に例えられるように、手が付けられないものだ。自然災害と思ってやり過ごすしかない。
信長の有能な家臣でありながら、反旗を翻した荒木村重や明智光秀などは、やり過ごせなかったのであろう。

信長の場合、その正義感の強さと怒りっぽさは、時として病的ですらあった。彼の尺度から見て許し難き不正を犯したものを、その場で手ずから成敗した、という逸話も多い。
中には「斬る程のことか!?」という例もあり、そこには胆汁質の偏りによる暴力性という問題点も伺える。
こうした事が、胆汁質の子供にも起き得る。
すぐに暴力沙汰に及び、周囲から問題視されている子供がいるとする。彼の問題行動の原因を探ってみると、実は彼は人一倍正義感が強く、彼なりの正義感が周囲に認められなかった時、またはその正義感を押し通そうとした時、人に手を上げてしまう、という場合があるのだ。

信長は参謀を必要とせず、ほぼ彼の独断によって事を進めた。これも胆汁質の持つ意思の表れであるが、同時に他者に耳を貸さず、独裁的になる可能性をも孕んでいる。

また、彼は配下の羽柴(豊臣)秀吉の妻(北政所)に手紙を送って、夫婦喧嘩の仲裁もしている。殺伐としたイメージの強い信長の、数少ないほのぼのエピソードの一つである。
ここにも、胆汁質が見て取れる。義侠心というか、良い意味でのお節介というか。つまり感情が豊かで、そこに行動力が伴うので、他人の為に一肌脱ぐ事を厭わない。胆汁質の愛すべき特性で、こういう一面にこそ信長の本来の姿が反映しているのではないだろうか。

ゲーテとシラーが、胆汁質の特性を「英雄」と表現した様に、ある集団を率いて行く場合、胆汁質の要素が必要とされる。特にこうした時代の転換期には、鬼神もこれを避ける程の断固とした意思が必要であり、それを発揮し、実行できるのが、胆汁質の要素なのである。
時代を中世から近世へと進ませた胆汁質・信長の歴史的役割は大きい。

彼の死の場面も象徴的である。
御存知のように、彼は明智光秀の謀反の為、本能寺において、炎に包まれてこの世を去った。
「地・水・火・風」の四大元素のうち、胆汁質は「火」の要素に分類される。
生まれながらの胆汁質・織田信長は、胆汁質の要素である火の中で死を迎えたのだ。
これは、胆汁質の要素で時代を近世へと押し進めた彼の、歴史的役割を象徴しているように思えてならない。

・・・って、こじつけすぎ?


参考文献
「人間の四つの気質」ルドルフ・シュタイナー著/訳:西川隆範(風濤社)
「4つの気質と個性のしくみ」ヘルムート・エラー著/訳:鳥山雅代(トランスビュー)
「子どもの体と心の成長」カロリーネ・フォン・ハイデブラント著/訳:西川隆範(イザラ書房)


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コメント

ていうか
信長さん、病気でしょ!?あれは。
>ミニョンの母さん
どの気質も偏ると病的になりますからねぇ・・・。
でも、信長の為に弁護しておくと、彼の病的なエピソードの多くは、後世の軍記物による創作だったりします。特に明智光秀に対する折檻は、殆んどがフィクションみたいですよ。
まぁ、「信長公記」など読む限りでも、かなりの怒りん坊には変わりありませんが^^;

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