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メルヘン論・「灰かぶり」①

メルヘンを人智学的に捉えるに当たり、まずは誰もが知っている物語を例に取りたい。

「灰かぶり」

多少の違いはあるが、「シンデレラ」又はシャルル・ペローの「サンドリヨン」とほぼ同じ粗筋である。典型的な「姫と王子の物語」であると云えよう。

今回は、「人智学はメルヘンをどのように解釈するか」のサンプルとして、オイリュトミー教師の風姿花伝先生(仮名)の講義で学んだ事や、ヨハネス・シュナイダー著「メルヘンの世界観」を基に、メルヘンにおけるシンボルの人智学的読み解き方を中心に述べたい。

さて、あるメルヘン解釈の本(人智学系ではないもの)に、「灰かぶり」についての面白い説が述べられていた。
主人公の少女は、「灰かぶり」と徒名されるところから、身に付いた灰を払い落としもしないほど「無精者」なのではないか、と云うのである。

ナイス突っ込みである。

その観点から、この少女は自らの不精さを改善する為、意地悪な継母にこき使われる状況に云々と、カルマ論を展開することも出来る。
が、この突っ込みは悟性的だ。その意味では、例えば「少女が『灰かぶり』と呼ばれたのは、身だしなみに気を使う暇も無いほどこき使われていることの比喩ではないか。そこからは少女が不精であるかどうかは読み取れない」と云うことも出来る。

では、人智学的にはどう読み取るか。それには「灰」というものの考察が必要である。
灰は、物質が燃焼した残りの無機物である。物質からさらに残った物質であり、地上との結び付きを感じさせるものである。
また、灰は単なる「残りカス」ではない。着火剤や肥料、アク抜きなど、使用用途も多く、「死と再生」の象徴ともされている。
灰にまみれて働く、というのは、魂または心が、この地上世界で苦労や努力をする、と解釈出来るのだそうだ。

「継母」はどうだろう。
関係無いが、私は幼少の砌、この「継母(ままはは)」という言葉の響きが不思議でならなかった。「ママ」で「母(はは)」って、実母以上に実母な感じがしないか?
・・・しないか。

ともあれ、意地悪な継母というのは、苦難多き地上そのものを象徴しているそうだ。そして、それは飽くまでも仮の母であり、実の母は天上界または精神的世界から少女を見守り続けるのだ。
裕福な家庭にあった少女が実母に死に別れ、代わって意地悪な継母に酷い扱いを受ける、というのは、魂が精神界から地上世界に受肉したことを思わせる。

少女(魂)は、のちに王子(自我)と結ばれるが、その為には魂が地上に受肉して、この世界で地に足を付け、努力して生きる必要がある。

「若い頃の苦労は買ってでもせよ」「苦労は芸の肥し」などと云うが、苦労が現世利益の形で実を結ぶかどうかは別として、人間を前へと進める力となる事は確かだろう。
殊に芸事の世界では、下積みは当然。が、落語家の三遊亭円楽(元・楽太郎)師匠は一風変わっており、弟子の三遊亭楽大(後の伊集院光)らが鞄持ちなどしている合間に小遣いを渡し、
「映画でも観て来い」
などと息抜きをさせていたそうだ。彼の言い分が振るっていて、
「苦労が芸の肥しになるのは確かだが、肥しもやり過ぎると根腐れするだろう」

粋だねぇ!

継母が楽太郎だったら、灰かぶりもさぞかし楽だろう、と云おうと思ったが、駄洒落っぽい響きなので云わずにおく。だが、良くしたもので、灰かぶりは楽太郎師匠における息抜きという恩恵を、別の形で、亡き実母から受けるのだ。

ある日、二人の姉は、街に出かける義理の父(灰かぶりの実父)に、お土産として、それぞれ「綺麗なドレス」「真珠と宝石」をねだる。二人がそれぞれ「ルツィフェル(ルシファー)・享楽的で偏愛」「アーリマン・功利的で冷淡」という悪魔の虜となっていることは、以前にも触れた。

一方灰かぶりが欲しがったのは、木の枝だ。

・・・木の枝って!無欲にも程がある!第一、木の枝ぐらいその辺りで手折って来いよ!

然も、親父も親父で、本当に木の枝折って帰って来てんの。頼まれなくても森永製菓の小枝チョコぐらい買ってやれよ!

と、メルヘンに悟性的突っ込みを入れてはいけない。
木の「幹や枝、葉(感情)」は、「根(思考)」と「花、果実(意志)」とを結んでいる。
灰かぶりは手に入れたハシバミの枝を実母の墓に植え、そこで涙を流す。「泣く」という行為は、地上と結び付くことを意味するそうだ。もう、灰かぶりはこれでもか、というぐらいに地上と結び付くのだ。
そして、ハシバミは美しい木に育つ。植物の相は、宇宙に向かって手を開いている状態だ。
こうしてハシバミつまり栄養満点なヘーゼルナッツを実らせる木が、地上の灰かぶりと天界の実母とを「結ぶ」役割を果たすこととなる。
この木と、そこに訪れる白い小鳥が、天国の実母との架け橋となり、灰かぶりの欲しがるものをもたらしてくれるのだ。
これが無ければ、灰かぶりは肥しを摂り過ぎて根腐れを起こしていたかもしれない。

物語の続きは次回の講釈として、閑話休題。
家庭で取り組めるシュタイナー教育として、低学年の子供に、家庭でのお手伝いをして貰う、という方法がある。
同じ仕事を、出来るだけ決められた時間に行わせるのだ。
これにより、その子の「意志」の要素が育ち、例えば「『思考』が目覚めて『意志』が眠る」と云われる思春期に、「ッたり~・・・」とか云いつつも何だかんだで机に向かって勉強はする、という力に変容するのだそうだ。
無論、作用は思春期に止まらず、その子の未来にまで及ぶ筈だ。

我が家では、娘・ぴーぽこ(仮名)に、お手伝いとして夕方お風呂掃除をして貰っている。

ところが気が付くと、妻・みほち(仮名)の策謀により、「玄関掃除」「インコの餌やりと水替え」が、いつの間にか当たり前のように、ぴーぽこの仕事に追加されていたのだ。

妻・みほちよ・・・。ぴーぽこの出産に立ち会った私だが、敢えて問いたい。

オマエは継母か?


~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~

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