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3歳児と「カエルの王さま」

3歳ぐらいの子供を抱っこして歩いていると、子供が「自分で歩く」と訴える。
降ろすと、数歩も歩かぬうちに、「抱っこして」
再度抱っこすると、また「歩く」
こうして賽の河原のようにエンドレスで、イタチごっこの如く「抱っこ」「歩く」の応酬、駄々を捏ねる子供に、親も半ギレという状況は、お子さんをお持ちの方は多かれ少なかれ経験したことがあるだろう。

まったく、オマエはどうして欲しいんじゃ!と、3歳児の心理は計りかねる。小悪魔気取りのバカ女でも、ここまで無遠慮なワガママは申しませんっての。

では、この時3歳児の心には、何が起こっているのだろうか?こんなイタチな3歳児にどう向き合えばよいのか?
それを、グリム童話の「カエルの王さま」を人智学的に読み解くことで、考察したい。

物語の始まりで、美しいお姫様は金のマリを泉の底に落としてしまう。カエルは、「お姫様とお友達になり、一緒に食事をし、同じベッドで眠る」、という約束で、泉の底のマリを拾って来る。
ところがあろうことか、お姫様は大切なマリが戻るや、嬉しさのあまり、カエルをほっぽって駆けて行ってしまう。そして、すぐさま「カエルのことなんか忘れて」しまうのだ。

オマエ、記憶力無いのか?

このツッコミは、実は問いであり、それについては後で述べる。
また、金のマリやそれが泉に落ちたことにも意味があるのだが、今回は触れない。

翌日、家族と食事をしているお姫様を呼ぶ声が聞こえる。お姫様が戸を開けてみると、そこには件のカエルがいる。ここでお姫様はまさかのリアクション、

戸を閉めて、食卓に戻る。

え!?見なかったことにするの?

流石に父である王様に見咎められ、ことの成り行きが明るみになる。王様曰く、
「約束は守りなさい」
極めてまっとう。メルヘンだから、「え?カエルと約束?カエルが喋ったのか?」などということは一切スルー。相手が不気味なカエルであれ、約束通り、お姫様はカエルと一緒に、同じお皿で食事をするよう王様に指示される。

カエルは更に、約束通り一緒のベッドで眠ることを要求し、お姫様も流石に泣き出してしまう。
この場面、カエルという存在自体のヌメヌメ感も相まって、必要以上にエロティックな解釈を加える向きもあるが、ともあれ、普通の親父なら、
「カエルさん、いくらなんでもそれはちょっと・・・」
ぐらいなことは云いそうなものだ。尤も、「普通の親父」も何も、この状況自体が普通じゃない。

では、王様はどうしたかと云うと、怒り出した。それも、図々しいカエルにではなく、約束を守ろうとしないお姫様に対して、である。

ブレてない。

「困った時に助けてくれた者を、後になって知らん顔するのは良くない」との王様の云い様は、まったく正当で、筋が通っている。

仕方無しに自室にカエルを通したお姫様だが、「私も楽に眠りたい」と云ってお姫様のベッドに潜り込もうとするカエルに腹を立てた彼女は、カエルをつまみあげ、

壁に叩きつけたのである。

ええ!? ひどくない?

「これで楽に眠れるわよ!」だって。永遠の眠りに付かせる気か?

ところが、それによってカエルの魔法が解けて、王子様の姿に戻ったのだから、二度びっくりである。キスとかで魔法が解けるんじゃなくて?そんな荒療治で?

・・・以上が、3歳児の心の中に起きている事である。って、このまとめ方も解りにくいって。

つまり、お姫様の魂は、3歳~9歳の子供と対応していると思われる。「記憶力ないのか」と冒頭でツッこんだが、3歳の子供の記憶力は大人とは違った有り方をしている。マリが戻った嬉しさで、すぐに直前のことを忘れるのは、いかにも3歳児っぽい。
かといって事象全てを忘れるのではなく、翌日カエルと再会したときに、そのことを思い出すのだ。まだ自力で思い出せるほど、子供の記憶力は自由を得ていない。

お姫様は、渋々ながらも父である王様に従順である。まるで、素直に親の云い付けを聞く2歳までの子供のように。
だが、王様の云うことがまっとうであれなんであれ、それに反抗してカエルを投げ付けることで、王子つまり「自我」が現れたのだ。

シュタイナーによると、人間の自我が自由になるのは21歳だが、自我の最初の兆しが現れるのが、3歳頃なのだそうだ。年齢には個人差があるが、「イヤイヤ」が始まったらそれが自我の兆しなのだ。
「イヤイヤ」を通して自分と親との間の境界を知り、自分の「個」を確立させる。その為の作業が、「反抗期」として現れるのだ。そしてそれは、子供の「個」としての成長には必要なことなのである。

冒頭の例で云うと、子供は「抱っこしてほしい」のでも、「歩きたい」のでもなく、そのように「イヤイヤ」をすることが自体が心の成長の為に必要だから、そうしているに過ぎないのだ。この時期に子供の反抗を無理に押し込めるようなことをするのは、子供の「個」としての成長を妨げることになる。

では、冒頭のような状況で、子供にどう対処すればよいのか。道は二つある。

一つは、上記のことを踏まえて、開き直って、

とことん付き合う。

が、多くの場合、時間や体力、根気などのあらゆる制約が生じるので、あまり現実的ではない。

もう一つの道は、

子供の気をそらす。

イライラする自分を離れ、余裕を持って、子供にとって興味をひくことを探し、そちらに促すのだ。うまくいけば、子供はすぐにその新しい状況に夢中になるだろう。お姫様が、カエルのことを忘れ、金のマリに夢中になったように。
これは結構難しく、一朝一夕にはいかず、それが出来るようになった頃には子供の反抗期も過ぎていた、という事も往々にして有り得る。が、人生においてこの練習をしておくことは決して無駄ではないだろう。

私の娘・ぴーぽこ(仮名)が3歳頃、道端で駄々を捏ねた。当時の私はイライラして、軽く怒りそうになっていたところに、一頭の蝶々がひらひら。それを見たぴーぽこ、

「あ・・・ちょうちょ。。」

と、一瞬にして上機嫌になり、駄々を捏ねていたことも忘れ、蝶を追いかける。

まだ至らない私の代わりに、蝶々がぴーぽこの気をそらしてくれたかのようだ。
この場合は偶然だが、この蝶の役割を工夫して作り出せれば、育児上手と云える。

それにしても、蝶々一頭で手の平返す娘・ぴーぽこも、3歳児とはいえ単純にも程があるって・・・。



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