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メルヘン論の今後

こちらの更新を休んでいる間に、別ブログをじんわりと更新している次第である。
スピリチュアル寄りの記事はそちらで更新していくつもりなのだが、それに伴ってこれまでこちらでやってきたテーマをいくつか、もう一つの方に移行しようと目論んでいる。

そこで、まずはスピリチュアルな視点無しでは語れない「メルヘン論」を向こうで始めることにした。

「あき乙女の実践・スピリチュアル育児:シュタイナー的メルヘン論」

とはいえ、ここでやった内容をそのままコピペする気は無い。向こうだけを読んで下さっている読者の方が戸惑うであろうことは、火を見るより明らかだからだ。

まず、文体が違う。向こうではとりすましているかのような「です・ます調」で記述している。
その上、下ネタの頻度がかなり少ないのだ。向こうではムダに「ちんぽ」だの「金玉」だの申しておりませんっての。

そんな次第で、今後「メルヘン論」はあちらでぶつことにするが、はじめのうちはここで書いた内容とかぶることも多くなるので、両方ともに読んで下さっている方々に、お断り申し上げておく次第。

最後に、もうひとつのブログでは殆んど云えなかったことを云わせて。
ムダに、云わせて。

「ちんぽ!」「金玉!」

あ。
「新古今和歌集」「ちんぽ金玉集」って、語呂が似てるね。

…「ちんぽ金玉集」って、何の集大成?




~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~σ.σ~~~~~

2月14日発売の「コミック乱Twins」(リイド社)に、拙著:

「華麗なる軍師~竹中半兵衛 比叡山の奇策~掲載。是非御一読下さい。


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二年生のズルさと「ライネケ狐」

別のブログにて、「二年生と動物寓話」について、記事にした。

シュタイナー教育において、子どもの中に「ズルさ」が生じる二年生頃、ズルい動物が沢山登場する動物寓話に取り組む。詳細は上記ブログ記事に記しているので、興味がある方は、そちらを参照頂きたい。

娘・ぴーぽこ(仮名)が通うシュタイナー学校では、その題材として、ゲーテの「きつねのライネケ」をよく扱う。

担任の先生が読み聞かせたり、劇をしたりと、クラスによって工夫して取り組んでいる。そうして子どもたちは、ライネケや他の登場人物ならぬ登場動物~狼のイーゼグリムや熊のブラウン、猫のヒンツェ、ウサギのランペ、そして王様ライオンのノーベルたちと一体化するのだ。

…こう書くと、愉快なライネケと仲間の動物たちの物語に思える。実際、学習発表会などでの「二年生・きつねのライネケの劇」では、毎年のようにその年の二年生が、それぞれのカラーの「ライネケ劇」を、愉快で楽しく演じているのだ。

が、この「きつねのライネケ」、大人が読むと「愉快」どころか「不快なライネケ」極まりない。妻・みほちなど、一通り読んだ挙句、

「何、この話…なんの教訓があるン?
との感想を漏らした程だ。まったくである。

なにしろ、「ズルさ」がこの取り組みのテーマなだけあって、きつねのライネケは、ズルい。
ただ、「ズルさ」つまり「ズル賢さ」も用いようで、例えば一休とんち話を読んでも、

「一休さん、ズル~~~い!!」
などとは思わないだろう。おはぎや水あめを盗み食いしといて、頓知でもってお咎め無しなのである。ズルい小坊主だ。
が、彼の場合、「ズルさ」を「頓知」に昇華しているから、小気味が良いのだ。

一方、ライネケ狐はというと。彼の行った悪行の数々を羅列しよう。

*熊のブラウンを騙し、ブラウンは顔の皮が剥がれる。
*猫のヒンツェを騙し、ヒンツェは片目を失う。
*カラスの夫婦・メルケナウとシャルフェネベを騙し、妻のシャルフェネベを殺害、食べてしまう。
*ウサギのランペを殺害、首だけ残し、食べてしまう。
*ランペの首を王様ライオンのノーベルに送りつけ、その罪を司祭の羊・ベリーンに被せる。ベリーンはこの冤罪の為、死刑となる。
*狼のイーゼグリムの妻・ギーレムントを騙し、強姦。


尤も、ギーレムントへの陵辱は、子ども向けの翻訳本には「ちょっかい」程度に表現されているが、ゲーテの原文訳の方では、明らかにそれを行っている。
他にも枚挙に暇なく、殊に宿敵・イーゼグリムに対してはお互い何度も泥仕合を演じた挙句、最後の決闘で、ズルい手口で目玉と金玉を潰して勝利する。(金玉のくだりは、うちで読んだ子ども向け訳では、流石に割愛されていた)

かくて悪行の限りを尽くしたライネケは、持ち前のズルさで全て切り抜け、王の信頼を勝ち取り、優遇されたのであった。で、世の中なんて、こんなもんでしょう的な、締め。

・・・この話、なんだろう?

普通の流れだったら、ライネケは最後に懲らしめられて終わる、それが物語のバランスというものだ。これがもし現在の連載マンガとかで、最終回がこんな終わり方だったら、ゲーテは即、巨大掲示板で袋叩きであろう。

実はこの話、ゲーテのオリジナルではない。
・・・パクリ?それはそれで、今だったらゲーテは即、巨大掲示板で袋叩きであろう。
いや、「パクリ」とも違う。ヨーロッパでは中世頃から親しまれており、何度も再話されている動物叙事詩「狐物語」を、ゲーテが再構築したものなのだ。
元来は、おそらくグリム童話と同様、根源的叡智から汲み取られた物語だったのだろう。

ゲーテはこの物語の終わりに、このように述べている。

「作者は真実と寓話を織りまぜた
それは諸子が悪と善と分かち、知恵のねうちを知るよう
~中略~日ごとに教えを受けるようとの老婆心に外ならぬ」
(訳:板倉鞆音 人文書院「ゲーテ全集8」より)

ともあれ、この物語は悟性的に解釈するべきものではないだろう。グリム童話などのメルヘンと同様、この世界に浸り、内から湧き出ずる感情を大事にすれば良いのではないだろうか。
子どもへの読み聞かせも同様、残酷な場面もあるし、最後に悪が勝つという構図ではあるが、子どもはこの物語の奥の、根源的叡智に触れる筈である。

因みに私個人の感想としては、王・ノーベルが遠山の金さんだったら良かったのに、と思う。講談やドラマの金さんは、自らも遊び人であった過去を持つ為、悪人のズルい手口にも通暁している。
と云うか、金さん自身、大立ち回りで悪人を捕らえさせているのだから、いわば「別件逮捕」である。金公のやり口も十分ズルいではないか。

だが、講談の金さんの姿は、シュタイナー流に云えば、「地上界でアーリマン、ルツィフェルに影響された魂が、自らのアストラル体を浄化し、再び赤い薔薇の花のようになった」と映る。

人間が獲得した「ズルさ」とどう向き合うか、そもそも「ズルさ」とはどのような力か?
そうしたことを鑑みて、子どもから湧き上がる「ズルさ」に向き合うと良いのではないだろうか。

娘・ぴーぽこが二年生当時、「ライネケ」の登場動物の中で誰が好きかを聞いてみた。
動物としては猫やウサギが好きだから、おおかたヒンツェかランペあたりかと思いきや、以外に長考している。曰く、

「う~~~~ん・・・ランペは食べられちゃうしなぁ・・・ヒンツェは片目を潰されるしなぁ・・・」

いやいや、誰が好きかを聞いただけですが。流石に子どものメルヘンと一体化する力の強さを感じた。
別段、オマエが取って食われるわけでも、目を潰されるわけでもないのに。


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姉妹ブログ

このブログに、飽きた訳では決してない。
が、更新がこのところのんびりめなのは、忙しいからだけではない。
色々と自主規制で、書きたい内容がなかなか自由に表現しずらいところがあるからだ。
いやいや、自主規制と云っても、下ネタではない。むしろ下ネタに関しては、「シュタイナー」のイメージを良い意味で崩す為に、無理からにこじつけて、下ネタを交えているぐらいなものだ。
まぁ、明らかに間違った方に努力しているな、と。
そんな事はどうでもよろしい。

ともあれ、この場では書くのを躊躇していた内容を、もっと夏場の金玉袋のようにのびのびと書く場を作ろうと思い、立ち上げたのが、「姉妹ブログ」ともいうべきこちら。↓


あき乙女の実践・スピリチュアル子育て


「金玉袋」とか云っておいて、何が「姉妹」か、ってな話だが。然も、「金玉ブクロ」と「姉妹ブログ」って、かけてるわけではさらさらないが。

新ブログを始めるからといって、この「シュタイナー的育児生活」を辞める訳でも、休む訳でもない。
こちらは主に「学校の様子」や「教育」、また、日常のシュタイナー教育について、これまで通り更新しようと思っている。
新ブログでは、人智学や、見えない領域~スピリチュアル~についての記事を書いてゆきたい。

と云うのも、この場で当然のようにスピ話をしていては、シュタイナー教育全体が、スピならまだしも、カルト的な教育と誤解されてしまいかねない。
シュタイナー教育は、生徒に人智学などのシュタイナーの哲学や理念を教えてはいないのだ。
だが、このブログにおいて、そうした誤解を避ける為にいちいち予防線を張るのが煩わしくなった、という訳だ。
新ブログでは、もう少しそのような領域に特化したい。なので、このブログとはリンクを貼りつつ、ある意味で一線を引いておこうと思っている。

当ブログを閲覧して下さっている紳士淑女の皆様、今後とも当ブログ及び、スピや人智学に御興味がおありの方は、新ブログのほうも宜しくお願いいたします。

あ、下ネタに関しては、こっちのブログが引き継ぐ方向で。


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検索ワードに答えるシュタイナー教育

ブログのサービスの中に、「アクセス解析」というものがある。訪問者がどのように、どれぐらい来訪したか等を分析する機能だが、来訪者がどんな検索ワードで辿り着いたかも知ることができるのだ。
この、「検索キーワード」という機能、何が便利といって、訪問者の興味がどこにあるか、その傾向が分かるのだ。

例えば「シュタイナー 元素霊」というキーワードが時折見受けられるが、このワードで検索した方は、シュタイナーが妖精についてどう述べているのかに関心を持っていると推測できる。
このように、たまに検索キーワード解析を見ては、来訪者がシュタイナーの特にどのような点に関心を抱いているかに思いを馳せることがある。
そこで今回は、当ブログの検索キーワードの中で、多いものや印象的なものを取り上げ、それらについて述べてみたい。

では早速いってみましょう(FMのDJっぽくない?)、最初の検索キーワード!

「カンガルー金玉袋はいくら」

ハウマッチ?・・・知らねーよ!!
恐らくオーストラリアの民芸品の価格を調べたかったのだろうが、カンガルーの金玉袋にまつわる記事など、ただの一度も書いたことがない。
このように、時折「何故にこのキーワードで?」というものが紛れ込んでいることが、ままある。

では、気を取り直して、次のキーワードはこちら。

「狸の金玉」

・・・だから、記事にしてないって!
だがこれはまぁ、かつて娘が通うシュタイナー学校に「狸」が出た記事を書いたし、当ブログは無駄に「金玉」とか連発することがあるので、このワードにひっかかるのは、まぁ、頷ける。
ただ、この訪問者様が、「狸の金玉」の何が知りたかったのかは謎だし、当ブログが彼の期待には一切応えられていなかったであろうことは確かだ。

もう、そういうんじゃなくて、シュタイナー関連のキーワード。

「シュタイナー学校 卒業生」

そうそう、こういうの。これはかなり関心度が高く、他にもこれに「進路」や「進学率」等のワードが付いていることもある。
これについて述べる前に、こんな検索ワードを紹介しておこう。

「シュタイナー 7歳以降学力上がる?」

もはや質問である。なので、答えよう、この訪問者が再度当ブログを閲覧するかどうかは別として。

この質問の背景は、シュタイナー教育が早期教育とは逆の方法を行っていることにあるだろう。7歳までの子供には知育的なものは与えず、文字すらも極力就学時まで覚えさせないようにしている。
きょうび就学時には読み書きが出来て当然という中、シュタイナー教育で育った子供は6歳で読み書き出来ないというのでは、この教育法に対して疑問が湧くのも尤もである。
尚且つヨーロッパではシュタイナー学校は既にメジャーで、ドイツの大学進学率は公立学校を凌ぐ。当然、幼児教育はのんびりでも、就学後、急激に学力が上がる、魔法のような教育法では、との期待も高まろう。

ここで、娘をシュタイナー学校に通わせている現場の声として、この質問に答えよう。

「シュタイナー 7歳以降学力上がる?」

「無理!」

いや、長い目で見れば、YES、上がります!と答えられるが、この質問からは「就学後、すぐに」というニュアンスが感じられる。
その意味では全然、正直云って「学力」という点では、公立や私立学校のお子さんの方が、よっぽど上だろう。

例えば我が娘・ぴーぽこ(仮名)、四年生にもなって掛け算がいくぶん怪しい。九九をきっちり暗記している公立の二年生の生徒のほうが、掛け算の学力は上である。

また、「考える」という力においても、シュタイナー学校の低学年の生徒は、ゆったりとしている。それは、シュタイナー教育が、特に低学年において、「思考」に強く働きかけることのないように行われるからである。
やや専門的に云えば、この教育は、まず「感情」から入り、「思考」に偏ることなく、特に低学年には「意志」の要素に働きかけるのだ。

例えば、「これはヒマワリというキク科の一年草で、夏に花を咲かせる…」とは教えない。

「お日さまがじりじりと照り付けるころに咲くお花があってね。それは、地面からまっすぐに伸びて、お日さまみたいにまぁるいお顔をしてるんだ。お日さまの光みたいな黄色い花びらを、お顔のまわりに、ひらひらとたくさんつけててね。いつもお日さまにお顔を向けてるんだ。きっと、お日さまのことが大好きなんだ」

これは私が今連ねてみたので、例として適切かどうかは疑問だが、ともかく、このように「イメージ」を通して教育が行われるのだ。
こんな調子でやっているので、就学したからといって、すぐに分かり易い意味での学力が付く訳ではない。

が、ぴーぽこや学校の生徒達を見ていて感じるのは、学ぶことに対して、とても意欲的で、それに喜びを感じている、ということだ。

学力云々がある程度の結果として見え始めるのは、高等部以降だろう。在学中に高校卒業程度の認定試験に合格する程になっているのだ。

それを踏まえ、改めて

「シュタイナー学校 卒業生」

について述べる。日本ではまだシュタイナー学校の歴史が浅く、まだ卒業生の全体数は少ない。我がシュタイナー学校にしても、まだ卒業生は五人。
うち、二人は海外留学、三人は有名大学進学。大学もネームバリューなどではなく、「自分のやりたい事が実現出来そうな大学」という視点で選び、合格したのだ。

今回は、飽くまで「シュタイナー教育なんかで本当に学力が付くのか?」という疑問をも踏まえての記事なので、学力や進学にやや重きを置いて述べはしたが、私自身は「進学率」は殆んど重視していない。

高橋巌氏が例に出しておられたが、ドイツのシュタイナー学校の生徒の中には、大学進学に十分な学力を備えながら、

「海が好きだから」

と、進学せずに船乗りになるような者はザラにいるらしい。
世間的な「進学率」などに左右されず、自分の道を進む。それが「自由」への一歩でもあるし、日本のシュタイナー学校の卒業生も、進学であれ就職であれ、くだらないしがらみに足を取られることなく歩んで欲しいと思う。

この「アクセス解析・検索キーワード」は、今後も興味深いものがあったら取り上げて、詳しく述べて行こうと思う。
では、今回最後のキーワード。

「きのう父ちゃんと寝たときに」

猥歌です!
実はこの検索ワード、意外と多い。これまで何度か下ネタとしてこの歌を引用していたからひっかかったのであろう。全歌詞を知りたいのだろうから、ここに紹介しておく。

1番:きのう父ちゃんと寝たときに
   へんなところに芋がある
   父ちゃんこの芋 なんの芋?
   坊やよく聞けこの芋は
   オマエを作ったタネ芋だ


2番:きのう母ちゃんと寝たときに
   へんなところに・・・

・・・シュタイナー教育及び人智学のブログだっての!猥歌の紹介してる場合じゃないって。






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3歳児と「カエルの王さま」

3歳ぐらいの子供を抱っこして歩いていると、子供が「自分で歩く」と訴える。
降ろすと、数歩も歩かぬうちに、「抱っこして」
再度抱っこすると、また「歩く」
こうして賽の河原のようにエンドレスで、イタチごっこの如く「抱っこ」「歩く」の応酬、駄々を捏ねる子供に、親も半ギレという状況は、お子さんをお持ちの方は多かれ少なかれ経験したことがあるだろう。

まったく、オマエはどうして欲しいんじゃ!と、3歳児の心理は計りかねる。小悪魔気取りのバカ女でも、ここまで無遠慮なワガママは申しませんっての。

では、この時3歳児の心には、何が起こっているのだろうか?こんなイタチな3歳児にどう向き合えばよいのか?
それを、グリム童話の「カエルの王さま」を人智学的に読み解くことで、考察したい。

物語の始まりで、美しいお姫様は金のマリを泉の底に落としてしまう。カエルは、「お姫様とお友達になり、一緒に食事をし、同じベッドで眠る」、という約束で、泉の底のマリを拾って来る。
ところがあろうことか、お姫様は大切なマリが戻るや、嬉しさのあまり、カエルをほっぽって駆けて行ってしまう。そして、すぐさま「カエルのことなんか忘れて」しまうのだ。

オマエ、記憶力無いのか?

このツッコミは、実は問いであり、それについては後で述べる。
また、金のマリやそれが泉に落ちたことにも意味があるのだが、今回は触れない。

翌日、家族と食事をしているお姫様を呼ぶ声が聞こえる。お姫様が戸を開けてみると、そこには件のカエルがいる。ここでお姫様はまさかのリアクション、

戸を閉めて、食卓に戻る。

え!?見なかったことにするの?

流石に父である王様に見咎められ、ことの成り行きが明るみになる。王様曰く、
「約束は守りなさい」
極めてまっとう。メルヘンだから、「え?カエルと約束?カエルが喋ったのか?」などということは一切スルー。相手が不気味なカエルであれ、約束通り、お姫様はカエルと一緒に、同じお皿で食事をするよう王様に指示される。

カエルは更に、約束通り一緒のベッドで眠ることを要求し、お姫様も流石に泣き出してしまう。
この場面、カエルという存在自体のヌメヌメ感も相まって、必要以上にエロティックな解釈を加える向きもあるが、ともあれ、普通の親父なら、
「カエルさん、いくらなんでもそれはちょっと・・・」
ぐらいなことは云いそうなものだ。尤も、「普通の親父」も何も、この状況自体が普通じゃない。

では、王様はどうしたかと云うと、怒り出した。それも、図々しいカエルにではなく、約束を守ろうとしないお姫様に対して、である。

ブレてない。

「困った時に助けてくれた者を、後になって知らん顔するのは良くない」との王様の云い様は、まったく正当で、筋が通っている。

仕方無しに自室にカエルを通したお姫様だが、「私も楽に眠りたい」と云ってお姫様のベッドに潜り込もうとするカエルに腹を立てた彼女は、カエルをつまみあげ、

壁に叩きつけたのである。

ええ!? ひどくない?

「これで楽に眠れるわよ!」だって。永遠の眠りに付かせる気か?

ところが、それによってカエルの魔法が解けて、王子様の姿に戻ったのだから、二度びっくりである。キスとかで魔法が解けるんじゃなくて?そんな荒療治で?

・・・以上が、3歳児の心の中に起きている事である。って、このまとめ方も解りにくいって。

つまり、お姫様の魂は、3歳~9歳の子供と対応していると思われる。「記憶力ないのか」と冒頭でツッこんだが、3歳の子供の記憶力は大人とは違った有り方をしている。マリが戻った嬉しさで、すぐに直前のことを忘れるのは、いかにも3歳児っぽい。
かといって事象全てを忘れるのではなく、翌日カエルと再会したときに、そのことを思い出すのだ。まだ自力で思い出せるほど、子供の記憶力は自由を得ていない。

お姫様は、渋々ながらも父である王様に従順である。まるで、素直に親の云い付けを聞く2歳までの子供のように。
だが、王様の云うことがまっとうであれなんであれ、それに反抗してカエルを投げ付けることで、王子つまり「自我」が現れたのだ。

シュタイナーによると、人間の自我が自由になるのは21歳だが、自我の最初の兆しが現れるのが、3歳頃なのだそうだ。年齢には個人差があるが、「イヤイヤ」が始まったらそれが自我の兆しなのだ。
「イヤイヤ」を通して自分と親との間の境界を知り、自分の「個」を確立させる。その為の作業が、「反抗期」として現れるのだ。そしてそれは、子供の「個」としての成長には必要なことなのである。

冒頭の例で云うと、子供は「抱っこしてほしい」のでも、「歩きたい」のでもなく、そのように「イヤイヤ」をすることが自体が心の成長の為に必要だから、そうしているに過ぎないのだ。この時期に子供の反抗を無理に押し込めるようなことをするのは、子供の「個」としての成長を妨げることになる。

では、冒頭のような状況で、子供にどう対処すればよいのか。道は二つある。

一つは、上記のことを踏まえて、開き直って、

とことん付き合う。

が、多くの場合、時間や体力、根気などのあらゆる制約が生じるので、あまり現実的ではない。

もう一つの道は、

子供の気をそらす。

イライラする自分を離れ、余裕を持って、子供にとって興味をひくことを探し、そちらに促すのだ。うまくいけば、子供はすぐにその新しい状況に夢中になるだろう。お姫様が、カエルのことを忘れ、金のマリに夢中になったように。
これは結構難しく、一朝一夕にはいかず、それが出来るようになった頃には子供の反抗期も過ぎていた、という事も往々にして有り得る。が、人生においてこの練習をしておくことは決して無駄ではないだろう。

私の娘・ぴーぽこ(仮名)が3歳頃、道端で駄々を捏ねた。当時の私はイライラして、軽く怒りそうになっていたところに、一頭の蝶々がひらひら。それを見たぴーぽこ、

「あ・・・ちょうちょ。。」

と、一瞬にして上機嫌になり、駄々を捏ねていたことも忘れ、蝶を追いかける。

まだ至らない私の代わりに、蝶々がぴーぽこの気をそらしてくれたかのようだ。
この場合は偶然だが、この蝶の役割を工夫して作り出せれば、育児上手と云える。

それにしても、蝶々一頭で手の平返す娘・ぴーぽこも、3歳児とはいえ単純にも程があるって・・・。



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